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はじめて来るお店だったけれど、
決して派手すぎない大きなツリーが品よく飾られて、
暖かく静かな、クリスマスの歓びに満ちた大人のお店って感じだった。
「いらっしゃいませ、早瀬様。お待ちしておりました」
店内に入って名前を告げると、三十代前半くらいのウエイターが、
にこやかに迎えて席へ案内してくれた。
ふと視線を感じて視線を向けると、見覚えのある若いウエイターが小さく手を振っている。
え、神崎。
彼が視線で示す先をみると、佐倉がとあるテーブルで給仕をしている。
ええ、お前ら、なにやってんの。
「どうしたの?」
「いや……。
あの二人、さっき、ここの予約とるのに交渉してくれたって言った、友達」
席に着きながら、僕の表情に気づいた有紗の問いに答えた。
どうしよう、と、ちょっと戸惑って、ウエイターに聞いてみる事にした。
「あの、彼らはいつも、ここで働いているんですか?」
ああ、と、小さく笑って、声を落として話してくれた。
「三日ほど前だったでしょうか、いきなりここに来て、
二十四日の夜、一組二人分の席を用意しろと言いましてね。
予約でいっぱいだし、スタッフが足りないから無理だと申しましたら、
自分たちが働くから、なんとかしてくれと。
未経験の高校生が、身の程知らずもいいところです。
二十二日の夜と、二十三、二十四日は丸一日働いて、
仕事を覚えるならといったら、二つ返事でOKだと。
店内にあるすべてのカラトリー、ナイフやフォーク類と、
グラスは、全てあの二人が磨いたものです。
今宵のお食事の付け合せの野菜も、当店で仕入れた土付の物を、
あの二人が冷水で手を真っ赤にして洗ったものをお出しいたします。
せっかくの冬休み、クリスマスの夜に何をやっているのやら。
全くバカなやつらです」
言いながら彼が並べたナイフやフォーク、
水を注いでくれたグラスに視線を落とした。
滑らかに曇りひとつなく、キラキラと光っている。
「まあもっとも」
続ける声に、顔を上げて彼の顔を見る。
「そういうバカは、嫌いじゃありませんけれどね」
ただいまお料理をお持ちいたします、と恭しく頭を下げて、
テーブルから離れていった。
本当に、何やっているんだよ、バカ。
ああ、なんか最近、やたら涙腺がやばいな。
「いいお友達だね」
有紗の暖かい響きのこもった声に、うん、というのがやっとだ。
「でも、いきなりアルバイトするから、なんて話、通っちゃうんだね。
ちょっとびっくり」
「ああ、それは、やっぱり特別なんじゃないかな」
きょとんとする有紗に、困った風に笑って、
すっかり慣れた雰囲気で給仕をする神崎に視線を送る。
「ほら、あの、最初に僕に手を振った、あいつね。
家がすごいお金持ちらしくて、中学までリュシオルに通っていて、
苗字が、神崎っていうんだ」
「え、それって、じゃあ」
「あ、それとさ、さっき言っていた、さくらちゃんって、何」
「うん、浩人、寝言で言った事があるんだよ。
さくら、って。彼女の名前でしょ?」
それには、一瞬唖然として、思わず吹き出してしまった。
有紗は、ちょっとむっとした表情で、なに? と言う。
「ごめん、もう一人の、向こうの壁際に立っている、
背の低いやつ、わかる?
彼の名前が、佐倉修輔。僕が知っているさくらは、あいつだけだよ。
寝言かあ、学校の夢でもみていたのかな」
真っ赤になって、うそ、という有紗と、一緒に笑ってしまった。
「でも、彼女は?」
「いないよ。
ケータイでメールしていた子とは、もうとっくに連絡してない。
改めて、思い出したんだけど、
特に用もないのに、よく知らない子にメールするの、
あんまり好きじゃなかったんだよね」
そういうと、呆れた、と大きくため息を吐かれてしまった。