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有紗と電話で話してから、三日ほど経っていた。
タウン誌で「クリスマスディナー特集」なんて書かれている主だった店は、
どこも予約でいっぱいだった。
忘年会向けの和食や居酒屋なんかだったら、まだいけるかもしれなかったけれど、
ここはやっぱり、フレンチか、せめてイタリアンがいいよなあ。
けれど、ふらふら食べ歩いていた割に、思いつく店がない。
佐倉も退院してきて、いつもの昼食の時、思い切って話題に出してみた。
「クリスマスイブに、ディナーにいいお店、知らないかな。
ちょっと気合入れたいんだけれど」
意外そうに、少し驚いたような三人の視線が集まる。
「メシなんて、家で食えばいいだろ。水炊きでも食っとけ」
「どうしてクリスマスディナーで水炊きがでてくるんだよ。
みーはムードがないなあ。
やっぱり、洋食がいいよね。フランス料理とか」
「だったら、ジルエットだね」
高城の提案も、他の年だったら悪くないかもしれないけれど、今年はちょっと。
佐倉の出してくれた店名に、神崎も頷いていたけれど。
「そこは確か、真っ先に電話して断られたところだよ。
予約、いっぱいだって」
「じゃ、家で湯豆腐だな」
「もう、みーは黙っていていいよ。
じゃさ、とりあえず僕が交渉してみていいかな?
時間は何時くらい? 予算は?」
親身になってくれる神崎の言葉がくすぐったいようにうれしい。
せっかくだからお願いしてみると、翌日、うれしそうに、予約とれたよという。
電話で断られてあっさり諦めちゃったけれど、交渉次第でどうにかなるものなのか。
これでクリスマスデートが居酒屋や家で鍋って事はなくなった。
後でちゃんと、お礼しなくちゃ。
いつもよりちょっとかしこまった服を着て待ち合わせ場所にいると、
少し遅れて有紗が来た。
仕事帰りらしいスーツ姿で、僕を見て、あれって顔をする。
「お待たせ。なんか、浩人、雰囲気違う。
てか、もしかして、そういうお店? 私、こんな恰好なんだけれど」
「ううん、大丈夫だよ。いこう」
会えたのが、直接声が聴けたのがうれしくて、思わずにやけてしまう。
自分でもバカだなって思うけれど、どんな格好だってすごくきれいだと思う。
一緒にいられるだけで、歌いたくなるくらいうれしい。
「なんていうお店?」
「ジルエットって、フランス料理のお店」
少し誇らしげにそういうと、
え、と、ちょっと悲しそうな、複雑そうな表情を浮かべる。
「えっと、何か、まずかった?」
「ううん。もしかして、さくらちゃんと行くはずだった?」
「さくらちゃん?」
「ジルエットって、
コウサキグループの中でも、このあたりじゃダントツに人気のお店だもん。
クリスマスイブの三、四日前にいきなり予約が取れるわけないよ」
「僕も電話したら断られたんだけれど、友達が交渉してくれて」
「そっか、急なキャンセルでもでたかな?」
無理やり笑顔を浮かべる有紗に、もっといろいろ話したかったけれど、
一つの単語が引っ掛かっていた。
神崎グループ。そうか、なるほど。