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P30

一応やる事を与えられて、クラスの空気は落ち着いたようだ。

みんな静かにプリントを解いている。

僕も意識をどこかに飛ばしたまま、難易度が低めのプリントを埋めていた。

視線を上げて教室前方を見ると、窓際の三席が空席になっている。

佐倉は大丈夫なんだろうか。

廊下を誰かが足早に通り過ぎて、ドアがノックされた。


「先生、すみません、ちょっと」


担任を受け持っていない、若い英語の女教師が教卓に座っていた学年主任を呼ぶ。

学年主任はちらりと教室全体を見回して廊下へ出てドアを閉めた。

ひそひそと会話が交わされる声が、廊下を伝って聞こえてくる。なんだろう。

「すぐ教室に戻って」と、

ポケットからケータイを取り出して素早く神崎にメールを送った。

カラカラとドアが開き、戻ってきた学年主任は大げさに教室中を見回した。


「神崎。あれ、神崎はどうした?」


「ああ、えっと、トイレ、かな。すぐに帰ってくると思います」


咄嗟にそういう僕に、クラスの数名がうんうんと頷いてくれた。

トイレ? しょうがないなあ、と言いながら、

英語の教師に、プリントやらせているから、とかなんとか説明している。

と、教室後方のドアが開いて、神崎と高城が戻ってきた。

クラス全体の視線が集まる。

神崎の様子を見ると、すっかり落ち着いて、

自信と気力に溢れているようにさえ見えた。


「ああ、神崎、ちょっと」


学年主任に呼ばれて教卓のそばへ、大股に教室を横切って行く。


「これから、一緒に佐倉の運ばれた病院へ行って欲しいんだ。

 先生は職員室に寄るから、準備ができたら来てくれ。

 自分の荷物と、あと、できたら佐倉の荷物も、持てたら。いいか?」


「はい」


先生の声は抑えて小さかったけれど、

クラス全体が聞き耳をたてる静まり返った教室にはよく響いた。

じゃ、後よろしく、と、伝言に来た女性教師に頼み、

学年主任が教室を出て行くと、神崎が自分の、高城が佐倉の荷物をまとめ始めた。

神崎はほんの数分後には、高城に渡されたバッグを持って、

では、帰ります、と教師に告げて教室後方に向かった。

僕のそばを通る時、メール、サンキュ、と声を掛けてくれた。

気をつけて、というと、うん、と笑いかけてくれる。

よくわからないけれど、どうしてかはわからないけれど、大丈夫だと思った。


落ち着かない空気のままその日は終わった。

翌日、なんとなくよそよそしく刺々しい雰囲気の中で、

神崎と高城だけが平静だったようにみえた。

二人は気付かないかもしれないけれど、

教室後方の席に座っている僕からは全体がよく見える。

誰もが二人に声を掛けたくて、

だけれど、何も言えないままちらちらと様子を窺っていた。

授業の合間の、実質十分弱の休み時間ごとにその空気は濃くなっていった。

昼休み、誰かが声をかけたらなし崩しに質問責めになりそうな予感がしていた。

僕も佐倉の様子は気になるけれど、騒ぎになるのは避けたい。

少し緊張しながら迎えた昼休み、ノートや教科書を机の中に戻していると、

高城と神崎が早足に近寄ってきた。


「早瀬、今日はカフェで食おうぜ」


「みーがさ、スープフェスタやっているから、そっちで食べようって。

 早く、席なくなっちゃう」


「ああ、うん、待って、財布だけ持つ」


慌ててバッグを漁っている横で、

豚汁あるかな。え、それってスープ? とのん気にやり取りをしている。

早く早く、と急かされるままにバタバタと駆け出すように教室を後にした。

なるほど、教室を出ちゃうのか。いつの間に話していたんだろう、上手いなあ。

くすりと笑いながら、二人の後を追って走った。

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