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P29

教室の入り口あたりには人垣ができていた。その向こうから、


「教室へ戻れ」


と、声が聞こえ、椎野先生が人垣を分けて一組の中に入ってくる。

僕も佐倉の近くに戻って様子を見た。

学年主任の教諭がちらりと様子をうかがって、

僕と入れ替わるようにインターフォンに向かい、

救急車を、と話しているのが聞こえた。

佐倉は焦点の定まらない目で、何かをつぶやいているけれど聞き取れない。

ただ神崎が、泣きそうな顔で無理やり笑顔を作って頷いている。

佐倉は本当に苦しそうで、こっちが辛くなる。

思っていたより早く救急車のサイレンが聞こえて来た時は、すごくほっとした。


意識を失っている佐倉がストレッチャーに乗せられている間、

神崎が椎野先生に、


「修は心臓が悪いのかもしれません。

 年に一、二回、こういう発作があるって聞いています。

 先生、僕も病院にいきます」


と言ったが、困ったように難しい顔をする先生から、

生徒は学校で待機だ、と言い切られた。

救急隊員の冷静な動きになんとなくぼんやりしていると、

流れるような動きのまま、迅速に静かに、

気付けば教室には生徒だけが残されていた。

ざわざわした空気には、佐倉を心配してか泣きそうな女子の声が混じる。

苦い表情で教室後方のドアを見ている高城と、

俯いたまま身動き一つしない神崎のうなじをみていた。


「みー」


神崎の声に、潮が引くように教室が静かになっていく。

高城が神崎に視線を移す。


「修に、何言った?」


え、という形に高城の唇が薄く開く。

神崎が身を乗り出すように高城の制服のジャケットの衿に掴みかかった。


「修に何を言ったってきいてんだよ」


何で、高城に? 佐倉が何か言ったのか?

その激昂に教室中が緊張に包まれる。

高城は目を見開いたまま何も言わず、神崎と視線を合わせていた。


「ちがう」


少し離れた輪の中から、女子の誰かの声がした。


「戸川君が」


神崎がぴくりと動いた。肩が小さく震えている。

まずい、かも。

掴んでいた高城の制服から、ゆっくりと手が滑って落ちて、

頭を巡らせて戸川の方を向く。


「てめえか」


普段の神崎からは考えられない、荒い言葉。怒りの空気。

一歩進もうとする彼の腕を高城が掴んで動きを制しようとする。


「いっち、よせ」


「ざけんな、てめえ、湊、離せ」


必死にその手を振りほどこうともがくけれど、

体格差と腕力ではどうみても高城の方が勝っている。

それでも、さすがに暴力はまずい。

神崎の視界を塞ぐように、戸川を背にするように前に立った。


「だめだよ、神崎、落ち着いて」


「早瀬、そこどけ。どけよ!」


噛み付くような声も、激昂をむき出しに向けられる目にも、

恐怖よりも悲しさを感じた。

さらに何か言おうとした時、開けたままだった教室の後ろのドアから、


「何を騒いでいるんだ。席につけ」


と、学年主任が声をかけた。

そのまま教室には入らず、廊下を進んで前のドアへ向かう。

クラスの全員がそちらに気を取られた一瞬、

高城が神崎の腕を引いて教室から連れ出していってしまった。

ちょうど入れ替わるように、学年主任が前方のドアを開ける。


「ほら、席に着け。自習のプリント配るぞ」


二人の事も気になったけれど、僕が行っても仕方なさそうだ。

のろのろと自分の席に向かう他のみんなと同じように自分の席に着いた。

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