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「二人で、やっていけると思うか?」
二人って、誰と誰の事だろう。あの、家庭教師と、母親の事?
目が合って、僕の意図が伝わったのか、
母さんがいなくなって、父さんと二人で、と付け加えた。
カップに口をつけると、少し薄めの熱いコーヒーがほっと癒してくれる。
「今までだって、一人だったよ」
言ってから、父さんへの攻撃ととられただろうかと気になった。
日本語って難しいな。
今まで放っておかれたことを責めるつもりも、
これからもお互い干渉せずに他人みたいに生きていこうと言うつもりもなかった。
「父さんは、大丈夫?」
え、という風にうつむいていた顔を上げる。
「えっと、落ち込んでない?
仕事も、大変そうだったし。家も、こんなだし」
ちらっと表情を窺うと、急にくしゃりと顔が歪んで、ぽろぽろと涙があふれた。
驚いて固まっていると、しばらく嗚咽を漏らして、はは、と無理やり笑った。
「いや、お前にまで心配されるとは。本当に、情けない父親だな」
昨夜の有紗とのやり取りを思い出していた。
誰にも頼りにされない、信用されない、必要とされていないという心許なさ。
きっとそういうのをひっくるめて、孤独っていうんだろう。
僕は孤独だ。父さんも。
何もない宇宙空間を、いつか出会う、僕をとらえる引力を求めながらも、
自由を奪われ、大気圏で燃え尽きる事をバカにして、
無視して、疾走するだけの小さな欠片。
生命も育まず、温もりも持たず、誰にも影響を与えず、必要とされず、
ただ、惰性で移動しているだけの。
自分の中が空っぽになった気がした。
今までずっと、他人を見下していた。
自分は優秀で、器用で、そこそこのおいしいポジションをキープし、
勝ち残ってうまくやっていく人種なのだと。
感情や欲求をコントロールできずに、自滅していく奴らを嘲笑って楽しんでいた。
僕には何もない。自分の感情も、したい事も、欲しいものも。
誰もいない。
与える事も、求める事も、その居場所を、守る事もして来なかった。
どれだけ大事なのか、気付かぬふりをして。
誰かを頼ったり、助け合ったりする事を、負ける事みたいに思っていた。
「頼みがあるんだけれど。頼みっていうか、お願い。いいかな」
僕の言葉に、縋るような視線を向ける父さんが、心底悲しい。
有紗から、連絡は来なかった。神崎と佐倉も相変わらずだ。
暴走する佐倉に、なんとかペースを合わせようとする神崎。
僕ができる事と言えば、二人をなるべく落ち着かせるように、
いつも通り振る舞うことくらいだった。
ちょうど、文化祭のアンサンブルの時のように。
家では時間はまちまちだけれど、父さんが毎日帰って来るようになって、
入れ替わるように母さんの姿は見なくなった。
母さんと家庭教師が僕の視界から消えて、
あいつらの事が自分でも思っていた以上にストレスになっていた事に気づいた。
何かが引っ掛かっているような、
忘れ物をしているようなそわそわした感じはあったものの、
気分が落ち着いて頭がすっきりして、勉強に集中できるようになった。
じりじりと日々は過ぎ、実力テストの日になった。