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P24

結局、行く場所なんてない。あの家へ帰るしかない。

真っ黒な電車の窓に、ぼんやりとした自分の顔が映る。

明日は休みだから、有紗の家に泊るつもりだったのに。

もう会えないのかなと思ったら、また少しだけ涙がこぼれた。


次の日は、小春日和っていうんだろう、最近の冷え込みが和らいで、

とても暖かい朝だった。

母親の姿は、ここ数日見ていなかった。きっと、今頃、あいつと。

家中が薄汚れた感じがする。よし、掃除と洗濯をしよう。

クッションカバーとカーテンを外して洗濯機へ入れ、

カーテンを外す時に気づいた、

あまりにも厚く埃の積もったカーテンレールの上に掃除機をかけ始めた。

昨日、まるで人生の終わりみたいに落ち込んでいたのに、

妙に前向きに、すっきりと元気になっていた。

床の上に落ちているものを、テーブルやソファの上にぽいぽい投げながら、

掃除機をかけ続ける。

頭の中に、数年前に好きだったアニメの主題歌が流れていた。

懐かしくて、テンションが上がってくる。

ネットで動画、探せるだろうか。DVDを借りて来てもいい。


「浩人」


いきなり間近からかけられた声に、飛び上がるくらい驚いた。

掃除機の音で人の気配に全く気付かなかった。済まなそうに父親が立っている。


「コーヒーでも、淹れるか」


家の中には誰もいないと思い込んでいた。

一瞬答えに詰まると、遠くからピーピーという機械音が聞こえた。


「洗濯機、終わったし。掃除機も、もう少し」


やっとそう言うと、そうか、と気まずそうに視線をそらす。

掃除機をその場において、とりあえず洗濯機へ向かった。

どきどきどきどき、跳ねるままの心臓をゆっくり呼吸しながらなだめる。

まさか父親が帰っていたとは思わなかった。

大きな洗濯物用のカゴにカーテンを簡単に畳んで重ねていると、

リビングから掃除機の音が聞こえてきた。

慣れない風に掃除機をかける父親を横目に、

半乾きのカーテンに金具をつけてそのままレールにかけてしまう。

空気は暖かく、乾燥している。すぐに乾くだろう。

ダイニングのサッシを開けて庭に下り、クッションカバーを干す。

ついでに陽に当てていたクッションをぱんぱんと叩いて裏返した。すごい埃だ。

家の中に戻ると、掃除機の音は廊下へ移動している。

バケツに三分の一くらい水を汲んで雑巾を持ってリビングへ戻った。

少なくとも僕が物心付いた頃から、リビングの家具はほとんど変わっていない。

見慣れた革張りのソファは、洗い立てのカーテン越しに入ってくる、

明るい日差しの中、ひどくくたびれて見えた。

角は擦り切れ、生地はところどころ破けて、

何かをこぼしたようなシミがついている。

軽くため息をついて、ここで行われていたことは何も考えまいと思いなおして、

雑巾を固く絞ってソファと床を拭いた。

掃除機の音が止まっている。

近づく気配に振り向くと、少し泣きそうな微笑みを浮かべて父親が立っていた。

僕へ向かって手を差し出している。


「そこは父さんが拭こう。貸してくれ」


「いや、でも」


「いいから」


強く言い切る声に、使っていた雑巾を渡した。

避けて場所を譲ると、僕がしゃがんでいた場所に、

同じようにうずくまって力を入れてソファの革をこすり始めた。

ゆっくりその場を離れて、キッチンに移動した。

電子レンジ、レンジフードと換気扇、水回り、冷蔵庫、コンロ。

掃除する場所はいくらでもある。

ちらりと父親の背中を盗み見る。悲しい、と思った。

必死に仕事を頑張って、家を守っているはずだった母親はあんな事になっていて、

僕にも冷たくされて。この家の中では、誰もが一人だ。


「このソファも、買い替え時だな」


笑いを含んだような、どこかおどけたトーンに、うん、と返した。

うん、そうだね。しばらく無心になって掃除を続けた。

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