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P22

来た時はおなかが空いていて足早に通り過ぎてしまったけれど、

フロント前に置いてある、大きなツリーの前で足を止めた。


「もう、クリスマスなんだね。

 あーあ、今年もあと少しか、信じられない」


「そっか、クリスマスまであと一か月ちょっとか」


僕がプレゼントを渡したら驚くだろうか。

それくらいじゃ、そんなに驚かないかな。

でも、プレゼントを渡して、そして。


「浩人君?」


呼びかけられて振り向くと、

見覚えのある、スーツ姿の男性が驚いたように僕を見ている。

あれ? 誰だっけ。

その男性が戸惑うように視線を送る、隣に立つ人物を見て胃がぎゅっと縮まる。

父さん。

そうだ、この人、父さんの部下の小宮さんだ。

ちらりと有紗を気にしながら歩いてきて、にこやかに話し始めた。


「久しぶりだね。

 近くで部長と一緒に会議にでていてね、

 コーヒーでも飲んで帰ろうかって、寄ったんだよ。

 それで、浩人君は」


こんな時間にこんなところで何をしているの、と続けるつもりだったのだろう、

探るような視線と少し問い詰めるように変わった声のトーンを、

父さんの声が遮った。


「浩人、少し話さないか?」


有紗がぺこりと頭を下げて、父さんも小さく目礼を返す。

有紗に視線を向けたまま、


「最近、全く家に帰っていないそうだな?」


と続けた。

冗談じゃない。外泊したのは有紗と会っている日だけ、

台風の翌日も合わせて、家でもめてから二度くらいだ。

その情報源は、すぐに察しがついた。母親以外、いない。

自分で確認もしていないのに、よく他の人がいる場でそんな事が言える。

俯く有紗に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

いきなり割り込んできて、なんなんだ。僕はあんたと話すことなんてない。


「失礼します」


といい、戸惑いがちに僕を見る有紗を促してその場を立ち去ろうとすると、

父は構わず言葉を続けた。


「母さんとは、離婚することになると思う。浩人、一度ちゃんと」


「小宮さん」


僕の声に、やっと言葉を止める。


「父が家に帰れるようスケジュールが組めたら、連絡してもらえますか。

 勝手なお願いで、申し訳ないですが。

 お忙しいでしょうから、僕がそちらの都合に合わせます」


小宮さんは責めるような、悲しそうな表情で僕を見ていた。

いこ、と、何か言いたげな有紗の腕をつかんで、無理やりホテルの外に出た。


息が白く煙る。冷たい空気が肌を刺す。

鼻の中がちりっと痛くなって、薄く涙が浮かんだ。

待って、と弾む息のまま、喘ぐようにいう有紗を無視して、

強く腕を引きながら大股で歩いていた。


「離して」


手を振りほどかれて立ち止まる。


「家、帰ってないの?」


「帰っているよ」


大きく息を吐いて振り向いて続ける。


「有紗と会っている時以外、帰っている」


我ながら、なんとなく嘘くさいなと思ってしまったけれど、

有紗の責めるような視線に悲しくなる。


「なんで、嘘を言うの?」


「嘘なんて言ってない。本当に」


「なんでもないって言ったじゃない」


一気に、楽しかった食事中の時間に引き戻される。

こんな事がなければ、あの時間はいつまでも幸せなままだったのに、

これからは思い出すたび、裏切りや嘘への疑念がセットになってついて回るだろう。

二人の時間を穢された腹立たしさに吐き気を覚えた。

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