P21
学校でも、神崎と佐倉の様子が、なにかおかしかった。
特に、佐倉の方。
あの台風の日以降、神崎に対して甘えるような素振りを見せたり、
幸せそうにはにかんだりするかと思えば、
急に落ち込んだり不機嫌に素っ気なくなったりする。
今までの神崎だったら、とっくにキレるか飽きるかして、
二人の関係はそれっきりになっていただろうに、
振り回されて疲弊しながらも佐倉と向かい合おうと、
痛々しいほどの努力を続けているのが伝わってきた。
けれども、もうそれも限界らしかった。
元々、他人に対して我慢をして合わせるようなタイプじゃない。
そのストレスからか、ちょっとした事でクラスメイトや先生に突っかかる。
僕にもだけれど、特に八つ当たりの被害が大きいのは高城だ。
課題の未提出者が張り出されれば、必ず神崎の名前が載るようになった。
何とか助けてやりたい、と思った。
今までだったら、誰のこんな状況だって、おもしろいとしか思わなかったのに。
けれど僕自身、そんな精神的な余裕が持てる状況じゃなかった。
十一月に入って、一気に冷え込む日が続くようになったある日、
神崎が不在の昼休み、高城が佐倉に、「いっちとなんかあった?」と聞いた。
「なんか、って」
少し驚いたように返す佐倉に、
「ケンカでもしちゃった?」
と、なるべく何でもないように聞いてみた。
佐倉は少し不機嫌にうつむいて、なんでもないよ、と言った。
何もないわけないだろう。
さらに突っ込みたかったけれど、高城が、
「なんか思うとこあるなら、言えよ。せめて、俺らには」
と、それを遮った。
もどかしいけれど、佐倉にも思うところがあるのだろう、
彼が自分で思いを整理するまで、待つのが最善なのかもしれない。
有紗に誘われて、とあるシティホテルの最上階の中華を食べに行った。
そこそこの量で、そこそこの値段。
だけれど、味は申し分なくて、夜景がきれいで、薄暗い店内の雰囲気も良かった。
機嫌よく、おいしいおいしいといいながら、気持ちよく皿を空にしていく。
一時、日々の事を全部忘れて、心から安らげた。
この楽しい食事が終わったら、有紗の運転する、赤いコンパクトカーに戻ったら、
これから食事はワリカンにしよう、
もう泊まった日の翌朝、
ベッドサイドに紙幣を置くのもやめて欲しいと伝えようと思っていた。
あんなもの最初からいらなかったのに、食事代や金銭を出してもらう事で、
自分が有紗のそばにいる価値がある事を認識できる気がしていた。
我ながらバカバカしい。
食後、手のひらにすっぽりと入るような小さな茶碗にお茶を注ぎながら、
「最近、何かあった?」
と、微笑みながら聞かれた。
有紗が淹れてくれたお茶に口をつけ、あち、と思わず漏らした。
香ばしくてすっきりとした香りが広がって、ほっと癒される。
「なんか、元気ないよね」
「そう? 別に何もないよ」
できる限り、暖かい微笑みを浮かべようとした。
有紗には幸せでいて欲しい。
楽しく、おいしいものを食べて、笑っていて欲しい。
この時間を壊したくない。
有紗が僕といる間、その日あった嫌な事を見せたりしないように、
僕の面倒な、気分の悪い事情も知られたくなかった。
食事代を出したかったけれど、有紗がそうさせてくれなかった。
どんな事でも、もめるのは嫌だ。
ちゃんと話して、次から僕が払ってもいいようにわかってもらおう。
ごちそうさまと告げて、エレベーターで一階ロビーへ降りた。