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夏休みが明けて教室が変わった。
神崎は早速、自分の友人だと二人を紹介した。
高城湊。クラスマッチのバレーで目立っていたから、何となく覚えている。
真っ当な正義漢で、常識人って感じ。
多分、目の前にいるこの三人の中では一番頭がいい。
学校の成績がって意味じゃなく、人の本性を見抜く力、とか、
とっさの状況判断能力とか、そういう意味で。
当然のごとく、向こうも同じ意見だろうけれど、合わないタイプ、苦手だ。
もう一人が、佐倉修輔。
成績は、ダントツの学年一位。ネズミに似ている、と思った。
小さく華奢で、自信なさげにおどおどしている。
顔を隠すように重く長く髪を下ろし、
黒縁のメガネの奥の目はこちらをちらちらと窺っている。
「修が委員長で、僕が副ね。ほら、修もちゃんと挨拶しなよー」
神崎に促がされて、う、うん、と口ごもった後、
一組へようこそ、これからよろしくね、と、ぼそぼそと声をかけた。
なるほど、気まぐれな猫の、恰好のおもちゃってわけか。
本格的に傷つかない程度になぶられて、
逃げる事もせず、薄笑いを浮かべて迎合する。
憐れだけれど同情する気さえ起きない、惨めな生き物だ。
一・二組は、授業内容も担当教師もほぼ一緒のはずだから、
たいして違いはないだろうと思っていたけれど、授業を受けて驚いた。
集中と意欲がまるで違う。
前二列の集中力、特に佐倉、神崎の態度には最初の頃鳥肌が立つ思いだった。
先生が解説する。一呼吸分考えて自分の頭の中でまとめようとする。
と、前列で手があがって、神崎が確認するように質問をする。
先生がそれに回答すると、
佐倉が手をあげて、さらに一歩踏み込んだ質問を投げかける。
ついていけない中列以降が詳しい解説を求めて手をあげる。
二組にも、たまに手をあげる生徒はいたけれど、
真面目ぶった面倒なヤツという冷めた目で見られていた。
この雰囲気を作っているのは、間違いない、佐倉と神崎だ。
真剣勝負のような授業を終えて昼休みになると、
神崎がへらへら笑いながらお昼一緒に食べようよ、と誘ってきて、
その背後で、佐倉がおどおどと頷く。
君ら、授業中の殺気を感じさせるほどのオーラはどうした。
断る理由もなければ高城も含めた四人で一緒に昼食をとったし、
気が乗らなければ、一人で食べるよといって教室の外へ出た。
特に詮索をする連中じゃない点では、気楽だ。
「今日のお昼は何?」
「カフェのチキンサンドとアイスコーヒー」
「いいな、蓬泉のカフェ、おいしそう」
僕には、一人になる時間が必要だ。
ケータイと会話をしながら、頭を空っぽにして食事をするのは、嫌いじゃない。
二学期といえば、とりあえず一番面倒なのは文化祭だ。
一緒に二組から移ってきた女子は、苗字は知っているけれど話した事はない。
彼女は気の合う女子と、昔からの友達のように振舞っている。
女ってなんですぐあんなに打ち解けることができるんだろう。
僕は自分から進んで交流する気もないから、仕方ないのだけれども。
僕の文化祭での担当は、実行委員。
講堂でのクラス代表の演目を報告、管理するんだけれど、
全クラス参加するわけじゃないし、
特に一年生は毎年、参加クラスはほとんどないそうだ。
じゃあ、実質やることといったら、当日の会場整理や片付けぐらいか。
クラスでは気合を入れて教室での発表の準備が進んでいる。
これも、このクラス特有の事だろう。
他のクラスでは、真面目に取り組むのなんてバカらしい、
恰好悪いという空気があって、だらだらと準備をしているはずだ。
佐倉、高城はまだしも、神崎なんて、真っ先にさぼりそうなタイプなのに、
よく動いているな、と意外なくらいだ。
まあ、僕は捲き込まれないように気配を消してやり過ごそう。