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P18

鬱陶しい事に、その日は家庭教師が来る日だった。

相変わらず、僕の部屋には来ないけれど。

階下で人の動き、話す気配を感じながら机に向かっていると、

玄関の扉が開いた音がした。

もう帰ったんだろうか。無意識にため息が漏れる。

と、誰かが階段を昇ってきて、ドアがノックされ、

返事もしないのに勝手に開けて家庭教師が入ってきた。

開いたドアから、階下で母親と話す父親の声が聞こえる。

さっきの玄関のドアの音は、コイツが帰っていったんじゃなくて、

父親が帰って来たんだったのか。

なるほど、やつが引きつった、むっとした表情をしているわけだ。

心底邪魔だったけれど、無視して勉強を続ける事にした。

背後でごそごそ何かを漁っている。クソ、勝手に僕の物に触るな。

いうのも億劫で無視を続ける。


「おい、これやれよ」


命令口調にいらっとする。

高校受験のために勉強を教わっていた時と、言葉遣いがまるで違う。

机の上に投げ出されたものをみると、中学の古典の教科書だ。

みてわかるだろ、僕は今、数学の問題集を解いているんだ。

胸のムカムカが治まらない。

数秒、教科書の表紙を見て、小さくため息をついて問題集を続けると、


「なんだよ、その態度。こっちをやれって言っているだろ」


と、耳のそばに顔を寄せ、ひそひそと、

それでいて強く脅すように言って来た。

なんなんだよ。僕の事は放っておいてくれ。

余りにもばかばかしくて、なぜだか泣けてくる。

僕の無言をどう受け取ったのか、いきなり前髪を掴まれた。


「ふざけんな、バカにしてんじゃねえよ」


髪を引かれる痛みと屈辱に抵抗しようとすると、いきなりドアが開いた。

仁王立ちに怒りの表情を浮かべる父親と、

その背後に、おろおろと母親が立っていた。


「こ、こいつが、浩人君が、いう事を聞かなくて。

 古典を嫌がるから」


「中学の教科書なんて、やる訳ないだろ」


手を振りほどいて言い返す僕を、三人の大人が見る。


「高校の教科書を、出さないのが悪いんだろう。

 どこへやったんだ? 学校に置きっぱなしなのか?」


「ないよ」


僕の言葉に、空気が止まる。


「ないって、どういう事だ?」


父親の、怒りを押し殺したような声に、

椅子から立ち上がって、両親の脇をすり抜けて階下へ降りた。

リビングのサイドボードの引き出しを上から順に開ける。

三段目で蓬泉の名前の入った、

浅黄色のA4サイズの封筒をみつけて中の書類を取り出す。

両親とヤツもリビングへ来た。母親に向かって問いかける。


「母さん、僕が理系、文系、どっち志望だか、知っている?」


「知っている、わよ。理系でしょ」


ちょっと探りながらそういって、

僕が、そう、理系、と肯定すると心底安心した表情に変わった。

書類の一枚を、父親に向けてみせる。


「入学する前に、確か、説明会でもらった書類。

 高校の三年間で履修する課程表。

 僕は今、特進コースだから、ここ。

 二年では理系特進を志望だから、ここ。

 理系特進の授業内容は、ここに書かれている。三年はここ」


そういいながら、一年の特進、二年の理系特進、

三年の理系特進・私大と書かれた列を指す。


「欄の数字は、週に何時間授業があるかって事。

 一年では古典の授業はない。

 二年で、週一時間あるけれど、

 三年の理系コースには、古典の授業はなくなる。

 理系志望の僕には、古典は必要ない。

 授業がないんだから、当然教科書もない」


父親が僕からその書類を受け取って、一覧をじっとみる。


「でも、日本史が」


「日本史も、二年になってから週一時間、という意味だな?

 一年の社会科は、地理と公民、世界史のみで、日本史は授業すらない、と」


家庭教師の言葉を遮る父親に、頷く。やつと母親が目を見開く。

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