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無理矢理起こされて、嫌々目をあける。
部屋は明るくなっていたけれど、相変わらず風雨は強いらしい。
目をこすって瞬いて、部屋を慌しく行き来する有紗を見る。
「出かけるの?」
「社会人は台風なんて関係なく仕事なの」
時計を見ると、六時半過ぎ。
そっか、ゴクロウサマ、と心の中でつぶやく。
適当に食べていて、じゃね、と、
ベッドに横になったままの僕に声をかけて出かけていく。
気をつけて、じゃあね、と見送って、閉まったドアの鍵が、
カチャリと鳴るのを聞いた。
この音は嫌いだ。拒絶の響きがする。
しばらくそのままベッドでぼんやりして、
ベッドサイドのキャビネットの上に手を伸ばす。
手探りで紙片を引き寄せ、有紗からの「ラブレター」を開く。
昔死んだ、偉いおじさんの顔は、見慣れて変わらない。
いつもより枚数が多い。
ふむ、天気の悪い中、ご苦労様って事か。
これでタクシーを呼んで帰れって意味かも。
いや、単に、いつもより良かったって事だろうな。
紙幣の肖像画は、無愛想に視線を逸らしたまま、何も答えない。
神崎と佐倉はどうしているだろう。
いつも昼食を一緒にとる、男同士の学友の情事を妄想して昂って、
女を抱いて得た、僕の今日の報酬。
ゆっくり握りしめると、くしゃり、みしみし、と軋んだ音を立てる。
「虚しいなあ」
その声は、食べることが好きという以外よく知らない女の部屋に、
虚しく消えた。
勝手にシャワーを使って、テレビをつけて、
言われたとおり、あるものを適当に食べた。
妙に落ち着かない解放感に、ケータイの電源を切っていたことを思い出した。
操作すると、自宅や父親の携帯からの複数の着信を知らせるメッセージと、
神崎から一通、彼女から複数のメールが届いていた。
先に神崎のメールを開くと、無事でいるか、というような内容。
ちょっと返事を考えてから返信しよう。
ケータイ彼女からのメールは、僕が電源を切った直後くらいから来ていた。
心配や不安を訴える内容は、はじめは可愛らしく、
だんだんとイライラ、やがて、私の事なんてどうでもいいのね、
最近冷たいし、という怒りに変わり、僕はふられたらしい。
ここのところ飽きて放置気味だったしなあ、ゲームオーバーだ。
「昨日はごめん、帰れなくなって友達の所に急に泊まったんだけれど、
ケータイの充電がなくなって。
もうメールしない。今までありがとう」
一応の礼儀として、いい訳と決別表明をしておこう。
これからどんなメールが来ても、返信しなくても気が咎めない。
同じ駅を使っている以上、どこで会うかわからないし、
万が一何か言われたら「もうメールしないって言ったでしょう」といえばいい。
こうしておけば気が楽だ。
約半年か、よく続いたなあ、と我ながら感心する。
神崎に、簡単に現状を知らせるメールを返信して、
ついでに、そんな事にはならないだろうけれど、
親に聞かれたら口裏を合わせてもらえるように頼んだ。
ほとんど待たずに返って来たメールには、
おっけ、うちに泊まったって言って、と書かれていた。
持つべきものは話のわかる友人だ。
昼過ぎに気付くと、空が明るくなっていた。
有紗の部屋を出たけれど、それでも帰る気にならず、
制服のままぶらぶらしてから夕方近くに自宅へ戻った。