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神崎の佐倉に対する一喜一憂は、
はじめの頃こそ新鮮でおもしろいなあと思っていたけれど、
何週間も同じ状態が続くと、全く進展しない二人の距離感にやきもきし始めた。
十月も半ばになろうとしていた。文字通り、嵐が来た。
記録的な超大型の台風が直撃するというので、翌日の休校が決まった。
けれど、一日普通授業をするはずだった今日、午後から急激に天候が悪化して、
急遽、一斉下校する事になった。
神崎は、学校の近くのマンションで一人暮らしをしている、
高城は家に帰るというけれど、佐倉は今夜うちに泊まる、といい、
僕の事も、よかったら泊まっていかないかと誘ってくれた。
マンションの場所と名前を聞いて秘かに驚く。
売り出されたのも記憶に新しい、駅にも近い高級分譲マンションだ。
そんなところに、一人暮らし? さすが元リュシオルのお坊ちゃま。
興味はあったけれど、遊びに行く機会はまたいつかあるだろう。
今回は邪魔せずに二人で過ごしてもらいたい。
他に泊まるアテがあるから、と断った。
そんなやり取りをするまで家に帰るつもりだったけれど、
明日は休校、台風じゃ家から出るのも難しいだろう。
これで、あいつでも来たら逃げ場がない。せっかくの休みなのに最悪だ。
有紗にメールをすると、今日は早くあがれるから迎えに行くと返信が来た。
ほっとして待ち合わせ場所に向かった。
有紗の部屋へ向かう途中のスーパーで、
二日間では食べきれないほどの食糧を買った。
なぜか二人ともテンションがあがって、やたら楽しかった。
途中、買い物をしている主婦らしい女性の視線に気付いた。
じろじろ見られているというわけでもなく、
ただ、ふと目が留まった、という程度の。
有紗と、制服を着たままの僕はどう見えているのだろう。
少し年の離れた姉弟?
に、しては、二人の間の空気が少し違っているかもしれない。
きっと、普通じゃないんだろう。そう思うと、なぜか胸がちくりとした。
有紗の部屋で、彼女お手製の「非常食」を食べた。
部屋の外はひどい嵐で、午後から鳴り始めた雷が時折響き、
強い風や雨が窓を叩いていた。
ここだけ世界と断絶された船の中にいる気分だった。僕たちは遭難者だ。
食料も、暖かな寝床もあるけれど。
その想像と感覚は、楽しく僕を昂らせた。
頭の片隅には、神崎と佐倉の事があった。二人は今、どうしているのだろう。
有紗を抱き寄せようとした時、ケータイが鳴った。
表示を確認すると、家からだ。
今日は友人の家に泊まると連絡しておいたのに、なんだ?
イライラしながら一応、出る。
どこにいるの? 心配だから帰ってきなさい、という。
時計を見ると二十一時過ぎ。
この嵐の中、外を歩かせる方が心配じゃないのか?
あまりの頭の悪さに呆れる。
有紗に、ごめん、ちょっと静かにしていてと合図をする。
「今日は泊まるっていったでしょ。
こんな天気の中、こんな時間に、帰れる訳ないだろ」
「でも、お父さんが帰って来て」
おどおどした声が返ってくる。
そうか、僕が心配なんじゃなくて、
父親に無断で僕を外泊させていた事に対する、自分の立場の心配か。
「とにかく、今日はもうちゃんと安全な所にいるから。
明日、天気を見て帰るよ。父さんにもそう言って。
もう、用がないなら電話しないで」
それだけいって、答えを聞かずに通話を終了した。
間を置かず、すぐにまた掛かってくる。そのままケータイの電源を切った。
「いいの?」
「いいの」
心配そうな有紗の頬に触れて、唇を重ねた。
ざあざあという雨の音、強風がぶつかって、窓がガタンと揺れる。
時々、遠く、近く、雷鳴が轟く。
部屋を真っ暗にして、手探りで有紗を抱いた。
あいつらはどうしているだろう。
今、あいつらもしているんだろうか。
だとしたら、やはり、リードするのは神崎の方だろう。
佐倉は? 抗うのだろうか、それとも。
乱れる僕に、有紗が感応する。
疲れて眠りに落ちるまで、いつもより長く求め合った。