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二人はどんな週末を過ごしたのだろう。
少しわくわくしながら教室に入ると、髪を短く切って、眼鏡を外した佐倉が、
おはようと声を掛けてくれた。
落ち着いた目をして、自信すら溢れているような。
これは、本格的に週末に何があったのか気になるところ。
神崎に視線を送ると、それに気付いて警戒したように視線を逸らす。
おもしろい。
昼休み、自分の持ってきたパンを、
いつものように神崎の机に置かせてもらいながら、揺さぶりをかけてみる。
とりあえずのジャブ。
「佐倉君、何かあった?」
問いかけられて、きょとんとしている佐倉に対し、
神崎は飲みかけていたお茶で盛大に咽た。
高城の差し出したBOXティッシュを数枚引き抜いて口にあて、
僕を恨めしげに睨みながら、なにもないよ、という。
「神崎君には聞いてないんだけど」
唖然とする神崎がおかしくて、思わず笑ってしまう。
こんな単純なトラップにあっさり引っかかるなんて、
余程動揺するような事があったのだろう。
なのに佐倉は平然と、どうしたの、大丈夫? なんて他人事で、僕にも、
「ああ、髪型? なんとなく気分転換」
なんて返してきた。
高城が神崎に、不憫なやつ、と声をかけるのを聞いて、
おかしくてさすがに少し気の毒になった。
佐倉の様子を見るに、
神崎との関係になんらか進展があったわけではなさそうだけれど、
どこまで話しているんだろう。
「で、本命の彼女は? いないの? 作らないの?」
と聞いてみた。
神崎が、ちらりと佐倉の表情を窺うのに気付いた。
佐倉は一瞬言葉に詰まって考える素振りを見せてから、
「彼女を作るとか、誰かと付き合うとか、そういうの、する気ないから」
といった。
素直にとれば、自分への自信のなさから来る言葉だろうか。
神崎の思いに気付いての牽制にも取れる。
そこまで気が廻るやつなら、って前提だけれど。
「へえ、佐倉君、その気になったら絶対もてるのに。もったいない」
さらに深い答えが返ってくるかも、と期待をこめての言葉だったけれど、
これには、そんな事ないよ、と当たり障りのない返事をしただけだった。
ふむ、これ以上は踏み込めないか。
自分でいった言葉だけれど、改めて考えると、
佐倉は女の子にもてる要素ばかりな気がしてきた。
学年イチの秀才、男らしいとか、野性味あるとかってタイプではないけれど、
華奢で白い肌の、高貴な雰囲気すら感じる、どこか耽美な美少年。
行儀よく、言葉遣いもきれいで、何より優しい。
イマドキの女子高生という人種にとっては、
物足りなく感じられてしまうのだろうか。
「あ」
そんな事を考えながら、無言でパンを食べていて、佐倉の発した、
何かに気付いたような、思い出したような声に、三人の視線が集まる。
何か言い出すかと待っていたけれど、固まったまま動かない。
と、不意に視線を上げて神崎を見る。
そのまま無言で二秒ほど。
困ったように神崎が首をかしげると、赤面して軽く唇を噛んで俯く。
そこだけ一瞬にして春になったような、薄紅の花弁が舞うような、
華やかな戸惑い。
ときめきに対する羞恥。
視線をめぐらせると、まず高城の驚いたような表情が、
呆れたため息に変わっていくところ。
神崎は惹きこまれるように佐倉から視線が外せないでいる。
これは「何か」があったと、確定っていう事でいいだろう。
佐倉って、天然。
小さく笑いをこらえていると、はっと我に返った神崎が、
慌てたように僕と高城を見る。
弁解は不要だよ。
ちょっと意地悪く、ゴチソウサマ、とパンを机に置くと、
頬を紅く染めて睨んでくる。
まだ半分も食べ終わってないし、もちろん、このまま残すつもりはない。
二人の無言の惚気に対する「ごちそうさま」だ。
なので、やっぱりもうちょっと食べようかなと、と再びパンを手にすると、
悔しそうに視線を逸らす。
悪いけれど、おかしくてしょうがない。
いや、ネタにするのも優しさだから。