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ノートの上を走らせていたシャープペンシルの動きをふと止める。
今日は「家庭教師の来る曜日」だったし、やつは予定通り家の中にいるけれど、
僕の部屋には来ない。
胸に湧いてくるむかむかとした不快感を長い息と共に吐き出す。
神崎は今、何を思っているんだろう。
人を本気で好きになるって、どんな感じなんだろう。
その思いが、受け入れられないと知った時は。
そんな辛い感情、無駄だと思っていた。
何者にも依存せず、自分は一人だと決めてしまえば、
そんな思いに囚われず、感情に振り回されずに自由に楽でいられる。
階下から、ハハハという、癇に障る笑い声が聞こえて思わず目を閉じる。
恋愛に本気になって道を踏み外すなんて馬鹿馬鹿しい。
自分はそんな、下劣で愚かな人間じゃない。
そんなくだらない事に惑わされない。
けれど、どうしても、胸がざわざわとした。
羨ましい。
身を引き裂かれるような思いに傷ついたとしても。
かけがえのない何かを見つけてしまった彼が。
神崎、君が羨ましいよ。
ケータイに呼びかけられて、びくっと画面を見る。
「今日はメールくれないんだね?」
表示されたメッセージに疲労を覚えてぐったりと椅子の背もたれに寄りかかる。
有紗に会いたい。
翌日学校に行くと、佐倉と神崎は仲直りしたらしく、穏やかそうに話していた。
週末、用事のある高城抜きで遊ぶんだけれど、と誘ってくれたけれど、
僕も用事があるから、と断った。
邪魔をするほど無粋じゃない。
佐倉の彼女にも紹介する、と二人で話しているのを聞いて、
やっぱり行けばよかったかなと少し後悔はしたけれど。
何事もなく週末になった。
土曜日、半日の授業を終えて下校していく生徒の流れに乗って歩く。
ケータイを取り出して、メールを読み返す。
今日は、有紗に会える。今夜は何を食べに行こうか。
有紗と寿司を食べてから、いつものように彼女の部屋へ行き、
いつものように過ごし、暗い部屋のベッドに横になって気だるげに話していると、
ケータイにメールの着信があった。
有紗が少し緊張したように口を噤む。
開いてみると神崎からだった。
急に修の家に泊まることになって、今、修の部屋にいる、という内容で、
修の彼女の唯ちゃん→と示された画像を開いて、
表れた犬の写真に、数秒、どういう事? 間違った画像を添付した? と考えて、
その意味を理解して思わず大笑いしてしまった。
なあに? と困ったように尋ねる有紗にその画像を見せた。
「この前、委員長に恋人がいて、
副委員長が不機嫌になったって話、したでしょ?
このメール、その副委員長からなんだけれど。これが委員長の恋人だって」
「え、犬じゃない」
「うん。いいネタもらっちゃった。週明けが楽しみだよ」
ずっと笑っていると、ひどいんだ、といって、有紗も笑った。