P13
月曜日の昼休み、食事を取り終わってすぐに、佐倉が大きなあくびをした。
午前の授業中、居眠りをして先生に注意されていたのを思い出す。
「寝不足か? 修が授業中に居眠りなんてめずらしいな」
高城がそう声をかけると、ほとんど寝てなくて、と返す。
授業中は真剣勝負って感じの優等生の佐倉が、
徹夜して居眠りなんて、確かに珍しい。
神崎も、何かあった? と、心配そうに顔をのぞき込む。
週末に有紗と話して気付いてから、意識して神崎の態度をみていて、
疑念は確信に変わった。
「夕べ、ゆいが。いや、なんでもない」
ゆいって、唯一の唯、という、例の恋人か。何を言いかけたんだろう。
きっと、僕たちに言い難いなにか。神崎が、
「えー、言いかけてやめるなよ」
と、割と必死に食い下がっていたけれど、それに気付いてか、気付かずにか、
佐倉は再び大きくあくびをして、
「ごめん、やっぱりちょっと寝ておく。これじゃ午後が辛いや」
と、机を離して寝る体制を整え始めた。
ちらりと窺うと、神崎は愕然とした表情を浮かべている。
このまま放置は、さすがにちょっと可哀想だ。
「寝かせてもらえなかった?」
そんなわけないよ、というような答えを、笑い話になる事を期待して、
眠りに落ちるのを引き止めるように、そう声をかけたけれど。
「うん、朝までなかれて。昼休み終わったら起こして」
返って来たのは、僕のセリフを肯定する言葉だった。
あはは、委員長もやるねえ、と、同意を求めるつもりで、
ギャグのつもりで、からかうような口笛を吹いたけれど、
神崎は目を見開いたまま、唇をきつく結んで、
昼食をとった机の上でぎゅっとこぶしを握っていた。
帰りのHRが終わってふと気が付くと、神崎と佐倉がなにかもめている。
まともじゃないだろ、今日だって学校なのに、という神崎の声が、
うっすら聞き取れた。
教室の後列にある僕の席まで聞こえているという事は、
ほぼ教室全体に聞こえているという事だ。
数人の生徒が、珍しく感情を露にしている神崎にちらちら視線を送っている。
知らん振りしようか、少し戸惑って、神崎の苛立ちの原因に、
昼休みの自分の失言も理由の一つかもしれないと思い直して、
静かに二人のそばに立つ高城の方へ近付いていった。
始めはほぼ聞き取れなかった三人の言葉もはっきりと聞こえてくる。
「唯が寂しかったり不安だったりしたら、ほっておけない。
でもそうやって僕に甘えてくれたり、なにか手がかかったりしても、
唯を邪魔だなんて思ったことないよ」
「そんな面倒くさいやつじゃなくてさ、
修だったら、もっといい子いるでしょ。
そんなのとっとと捨てて、新しいの探せば」
「いっち、いい加減にしろよ、なに突っかかってんだよ」
神崎をどう止めようか、なんて言葉を掛けたらいいか、
三人のやり取りを視線で追っていると、佐倉の発する空気が変わった。
「いま、何ていった? 捨てろとか新しいのとか」
神崎が一瞬、しまった、というように口をつぐんで気まずげに視線を外すと、
いきなり肩に掴みかかる。
教室全体が、ざわ、と驚きに包まれた。
あの、いつもおどおどと怯えるように笑い、
自分の事より周りの誰かを優先してばかりの物静かな委員長が、
よりによって神崎に対して声を荒げている。
しんと静まり返った教室に、怒りで震える佐倉の声が響く。
「唯の代わりなんていない。唯より、大事なやつなんて。
あいつの事何も知らないくせに」
あまりにもはっきりとした言葉。
もし、神崎が佐倉に対して、僕が気付いたような特別な恋愛感情を、
本当に持っているんだとしたら、その思いに対する完全な拒否。
神崎が目を見開いて、一瞬何かを言いかけて、
佐倉の手を振りほどいて自分の荷物を掴み、教室を駆け出して行った。
佐倉はその背中を視線で追って、大きく息を吐いてがっくりとうな垂れた。
高城が、少し困ったような、同情的な表情で、
「修は悪くないから気にすんな。ちょっと、いっちと話してみるから」
と声をかけると、うん、と、俯いたまま返す。
結局、何も声を掛けられないまま、学校を後にした。