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P11

昨日同様、神崎から衣装を手渡される。

佐倉が改めて問いただすまでもなく、シャツと靴下が新品だ。

僕の知る高校生の気遣いの範囲を越している。

普段、どんな世界で生活しているんだろう。

衣装はともかく、

昨日のように舞台の上でいきなり引っ掻き回されて焦るのは勘弁だ。

神崎も同じ思いなのだろう、舞台袖で佐倉にずっと話しかけていた。

大変な舞台だったけれど、あんなに感極まったのもはじめてだ。

その事を、率直に、少し大げさ気味に伝えると、照れたように少し俯いた。


今日は昨日と違って、外部の一般客も来ている。

客席を盗み見れば、立ち見が出るほどの満席で、

昨日と全く違った雰囲気に包まれている。

佐倉の落ちついた様子にほっとする。

舞台上の席について、

このメンバーでもうちょっとちゃんと合わせたかったな、と思った。

僕の家で合わせた時、さらりと独奏した神崎のバイオリンに鳥肌が立った。

アンサンブルでは佐倉を気にして、実力を出し切ってはいないだろう。

佐倉は、おじいちゃんに教えてもらったといっていた。

話を聞く限り、そのおじいちゃん自身、きちんと習ったわけではない。

神崎がちょっとアドバイスをすると、そう、うん、わかったといって、

まるっきりそのアドバイス通りに弾いてみせる。

驚くべき事だけれど、僕の見ている目の前で、ぐんぐん上達してしまった。

秘められたものは未知数だ。

十分後には解散してしまう、即席のパートナー達。

聞こえないはずの、二人の呼吸を感じる。さあ、行こうか。


音楽は、技術じゃないと思い知る。

そりゃ、もちろん技巧は大事だ。

表現したい何か、心の中にある景色を、よりきめ細やかに伝えるために。

音色のひとつひとつに、聴く者の感情を揺さぶるような何かを乗せるのは、

余程の修練か、才能といわれるものなのだろうか。

普通はここまで、自分の感情を素直に曝け出せない。

荒さを削って、美しくなるように磨いたら、

もしかして逆に失われてしまうのかもしれない。

佐倉は、無意識の天才だ。

慣れて緊張も弛んだのか、昨日と違って余裕を持った演奏をしている。

神崎も佐倉が伸びやかな分、そっと寄り添うように、

それでいて自由に自分の力を表現する。

僕も二人を支えながら、少し勝手をさせてもらおう。

佐倉と神崎を見ると、薄く微笑んでうっとりと心地良さそうな横顔が、

ライトに照らされて神々しいように美しい。

こんな瞬間を見せつけられたら、芸術家肌でプライドの高そうな神崎が、

佐倉に対して敬愛するように接しているのも理解できる気がする。

この舞台が終わった後、目立たないように過ごしてきた僕の毎日は、

少し変わってしまうかも知れない。

今までなら苛立たしかったその事実さえ、

ぞくりと快楽を呼び寄せて僕を微笑ませた。


演奏が終わった。

放心したように微笑む二人と視線を交わして立ち上がると、

わあ、と客席から拍手と歓声が起こった。

ほとんどの観客が立ち上がって拍手を送ってくれている。

その間、階段状の通路を数人の生徒が駆け降りてくる。

手に花束を抱えた、華やかな波だ。

舞台袖から男性教員が大股で歩いてきて、

「危ないから走るな」と声をかけている。

僕たちが花束を受け取っている間中、

ずっと鳴り続ける拍手の音に、耳の奥がじーんと麻痺してくる。

三人とも両手いっぱいに花束やプレゼントの包みなどを抱えて、

再びお辞儀をし、舞台袖へ移動した。


いろんな余韻を残して、文化祭は終わった。

翌日の月曜日、水の中を歩くように、重く、

どこか気だるげな空気の中で華やかな痕跡は片付けられていく。

教室の外、廊下や購買あたりを歩く時、

ほら、チェロの、と、視線を送られる事が増えたけれど、

声をかけられる事はほとんどなかった。

他の二人が「アリスドレスの可愛い委員長」と、

「ウサギ耳の人懐っこい副委員長」として目立ってくれていたおかげだろう。

昼休みに高城を加えたいつもの四人で昼食をとっていると、

神崎がこの四人で週末に打ち上げをしようと言い出した。

休日返上で行われた文化祭の代休で、今週末、金土日と三連休になっている。

打ち上げと言っても、さすがに酒盛りをするわけでもない、

遊びの口実のような物だろう。

家から出られるなら、別に断る理由もない。

と、佐倉が、金曜日は用事があるから、土日ならと答えた。

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