オタクな彼女の落とし方【改稿版】
隠れオタクと自認している社会人一年目の私、深町泉澄は意外な人の意外なモノを見つけて、いま絶賛爆発的に興奮している。冷静を装っているけど!
少し離れた席の田嶋涼太先輩のカバンに人気アニメのアクリルキーホルダーがついていたのを見逃せなかったのだ。
あれは、最近のゲーセン限定グッズでは?
もしかしたら、取引先の人に貰っただけかもしれない。たまたまゲーセンに付き合いで行っただけかもしれない。本当は興味ないのかもしれない。
でも、仕事のカバンなのよ? とても気になるじゃない。
あぁ、聞きたい、話しかけたい、語りたい。涼太先輩も同士だったのかもと思うと、それだけで興奮が止まらない。
涼太先輩は今の部署での営業さんで、入社した当初に仕事を教えてくれた先輩のひとり。笑うとたれる涼やかな目元に、柔らかな髪をふわっと流している。
人懐っこいタイプで、部署のみんなからリョータと呼ばれていて、私も倣って呼び名は涼太先輩。
なんていうか、みんなに優しいやわらかな陽キャって感じ。よく高いところの資料を取ってくれたりするし、通りがかりに荷物を持ってくれたりする。
本当の私は陰キャ寄りだけれど、普通くらいの人を目指して擬態しているし、仕事は営業さんのサポートだ。だから部署内の人に話しかけてもおかしくないはず。もう興味が止まらないのだ。
「次、シロノ企画、行ってきまーす」
涼太先輩が、いつもの客先に向かおうと私の席の近くを通る。
「あの! 涼太先輩!」
すごくびっくりした顔の彼と目が合って、うっかり手を掴んでしまったことに気づいた。
「あ、ごめんなさい。ええっと」
「大丈夫。落ち着いて、深町さん」
何から言っていいかわからなくて焦ってしまう。
「あの、それ……」
キーホルダーを指差すと、合点がいったように涼太先輩は微笑んだ。
「実は昨日ゲーセンで獲ったんだよ。深町さんも好き?」
私が、勢い良く頷くと、彼はおもむろにカバンを開け、いくつかのキーホルダーを出してきた。
「妹のために取った余りだから、良かったらあげるよ。好きなキャラがあるといいけど」
「い、いいんですか!? 涼太先輩、神!」
神だなんてオタクらしい言葉を使ったことに気づきもせず、夢中で選ばせてもらう。私の好きな青髪の騎士キャラを見つけ、それを手に取った。
「一つで良かったの?」
「はい。ありがとうございます。大切にします!」
「どういたしまして」
涼太先輩は、微笑んだ。笑うと目が細くなって、くしゃっと目元に笑い皺が出来る。ふいに目が合って胸がキュってなった。きっと欲しかったキーホルダーを貰えて嬉しかったからだと思う。
「あ、あの、キーホルダーは付けたままシロノ企画に行くのですか?」
気になっていたことを聞くと、彼は内緒だよって、仕草をしながら
「話題になるからね。先方がちょうどコラボを検討してるみたいでね」
「そうなんですね! さすがです」
合いの手を入れながら、急激に恥ずかしさと居たたまれなさが襲ってきて、悲しくなってきた。
「じゃあ、行ってくるね」
「涼太先輩、ありがとうございました。いってらっしゃい」
一瞬の気まずい空気を、何もなかったように流して、先輩は爽やかに出かけて行った。
そっか、そうだよね。そうやって営業成績が作られるんだ。彼が同士じゃなくて残念だったし、私の態度が恥ずかしいやらで呆然としていた。
「…………ちゃん、泉澄ちゃん」
自分の世界に飛んでいた私は、隣の席からの声にハッとした。
「すみません! なんでしたでしょうか」
慌てて謝ったけれど、仕事の話ではなかったらしい。
「なんだかいい雰囲気だったわね?」
小さな声だけど、揶揄うようなお顔がにやけてらっしゃる。さっきのやり取りがそう見えたってこと?
「あの、いえ、キーホルダーの話をしていただけで」
オタクを隠しているから、目が泳いでしまう。
「隠さなくてもいいのよ。彼を目で追っていたじゃない」
目で追っていたのはキーホルダーです! と言いたかったけれどオタバレの危機なので言えない。絶対、完全に誤解をされてしまった。
どうしよう。涼太先輩のことは素敵だと思うし、カッコイイとも思うけれど、いまひとつ生身の男性はわからないのだ。
彼氏いない歴イコール年齢の私と噂になったら涼太先輩が気の毒すぎる。
「涼太先輩にも選ぶ権利があるので」
「泉澄ちゃん、可愛いから大丈夫よぅ。応援してるね」
あれ、なんか返答を間違った気がする。
それからは気にしないように頑張って、書類を作成したり、コピーをしたりして過ごし、定時を1時間ほど回った頃だった。
「ただいまーって、あれ? 深町さんだけ?」
涼太先輩が帰ってきて声をかけられた。
「私はもうすぐ帰るところですが、残業組は夕食に出ています」
「そう、ちょうど良かった。これ差し入れ」
机にコトンと置かれたそれは、アニメとコラボしていた缶コーヒーで、キャップのようなケースにマスコットが入っている。青い髪が見える。
「あ……!」
びっくりして先輩と缶コーヒーを見比べてしまった。
「えっと、好きかと思って」
おずおずと先輩が言うので、慌ててしまった。慌てたので、思いの外大きな声が出た。
「はい、大好きです!」
涼太先輩が、良かったという顔をして、微笑んだ。耳の端っこが赤く見えたので、あわてて、
「これは! マスコットのことであって。あの!」
「大丈夫、誤解はしてないよ」
涼太先輩は、いたずらっぽい顔をして
「俺も好きだよ」
とこちらを見ながら笑った。
ダメだ、これは心臓に悪い。誤解しちゃだめだと思うけれど、顔が熱くなる。
「駅前のゲーセンに行かない? 好きなの取るよ」
「っ、行きます!」
それダメなやつ〜と警笛が頭で鳴るけれど、欲望が先に顔を出してしまったのだった。
「仕事、あとどれくらい?」
「もう片付けるところでした」
「俺もそれくらい」
涼太先輩は、ホワイトボードに向かうと、プレートを退勤に変えた。
慌てて机周りを片付ける。片付けながら今になって、二人で出掛けることを意識し始めてしまった。気づかれないように平静を装わなくては。
「すみません。着替えてきます」
「うん。俺も軽く日報書くから、ゆっくりで大丈夫だよ」
涼太先輩が、大丈夫と言うといつもなんだかホッとする。ロッカールームにつくと、素早く着替えて、メイクを確認、リップをつけ直す。ハーフアップの髪をまとめ直して、通勤用の青いバレッタに付け替えた。
少し考えて、昼間もらったキーホルダーを、バッグにつけてみた。淡い水色のバッグに青髪の騎士。今まではっきりわかるグッズはつけてなかったけれど、今日はいいよね。
涼太先輩がゲーセンに誘ってくれたということは、やっぱり同士かもと嬉しくなるのだった。
◇ ◇ ◇
「あぁ〜、また! なんでそこで落ちるのぉ!? 私へたすぎて、ゲーセンのグッズは諦めてたんですよ」
「アームがゆるいから、そこの角を引っ掛けるんだよ」
「え、どこどこ?」
肩が触れ合ってドキッとする。思いの外、距離が近くなっていた。なるべく自分で小さなぬいぐるみを取ろうとしているけれど、いっこうに掴めない。
「次は、俺にやらせて」
先輩が硬貨を追加して入れ、真剣にぬいぐるみを見定めた。アームが動き、慎重にボタンを押す。その横顔から目が離せない。
「わぁ! すごい! どうして取れちゃうの?」
小さくコトンとぬいぐるみが落ちる音で我に返り、思わず自然と声が出た。交代でプレイしているけれど、何度見てもすごいと思う。
目的のぬいぐるみは埋まっていたので、四つ目でやっと推しが取れた。
けっこう時間が経っていたけれど、隣の台にはデフォルメされたデザインの人形があった。
気になるなぁと、ぬいぐるみを抱きしめながら気を取られていると、声をかけられた。
「名残惜しいけど、ご飯に行かない?」
確かに、もう八時も過ぎてお腹もペコペコ。
「また来ようよ」
「……はい」
また……。また今日みたいな時間が過ごせるの? 先輩も楽しいと思ってくれたのかな……。今日が終わってしまうのが寂しい。
水色のエコバッグにぬいぐるみをしまおうとして思い出し、赤い髪のぬいぐるみを涼太先輩に差し出す。ぬいぐるみは好きかな?
「ありがとう」
先輩はにっこり笑って受け取ってくれる。良かった、渡して正解だった! そんなことが嬉しくなる。
「私の方こそ、ありがとうございます」
感謝が伝わるといいな。自然に口角が上がっていた。
ゲーセンを出ると、行列があるラーメン屋が正面に見えた。仕事が遅くなった日は行列を見かけていて、前から気になっていた。
「私、あの店が気になります」
思い切って伝えてみたら、少し困惑したような気配がした。先輩はああいった店には行かないのかな、と思い直した時だった。
「ラーメン屋だけど、いい? 駅前の店だから、きれいではあると思うけど」
「ひとりで入りづらいので行ったことがないんです」
「そうか。それなら行こう」
どうやら、お店の雰囲気が気になったみたい。ラーメン屋はほとんど入ったことがないから知らなかったけれど、壁にもお品書きが貼ってあって居酒屋に近い雰囲気だった。店員さんの掛け声が大きくて面白い。
「泉澄ちゃん……」
「はい」
普通に答えて、あれ? と思う。顔を上げて先輩を見ると、ほんの少しだけいつもと違う顔をしていてドキッとした。
「俺も名前で呼んでいい?」
「もちろんです」
私も涼太先輩って呼んでるし、と思いながらも、少し考える。いいのかな、ちょっと距離が近くなった気がする。だって先輩は、意外とみんなのことは名字で呼んでいたから。
先輩が、スマホを取り出した。
ラーメンの写真を撮るのかな? 私も撮っちゃおうと、バッグからスマホを出す。
「スマホは白なんだ?」
「え?」
「水色が好きだと思っていたから」
「なんで知ってるんですか。スマホを買うとき、水色がなかったんですよ〜。カバーは透明なのが好きなんです」
「そのバッグ、綺麗な水色だからね」
先輩は種明かしのように視線をバッグに移し、微笑んだ。
「キーホルダー、付けてくれてありがとう」
「あ、いえ。保管しようか迷ったんですけど、せっかくなので付けてみました」
「保管……」
あ……、普通はそういう言い方しないんだっけ。内心慌てた時だった。
「もう一つ欲しいね。まだゲーセンにあるといいけど。また行くのに連絡先交換しない?」
そうして繋がったメッセージアプリには、よろしくと可愛いアニメのスタンプが送られてきて、顔が緩んだのだった。
どうしよう。明日から普通に話せるかな。帰宅後に今日のお礼のメッセージを送っては、スマホを胸に抱える。
もう涼太先輩の笑顔が頭から離れなくて、ヤバイ。先輩が名前で呼ぶのは私だけだったらいいのにな。
この気持ちに名前をつけたら手遅れで。
涼太先輩が最推しになってしまうのは、きっとすぐなのだ。
◇ ◇ ◇
みんなに涼太と呼ばれる俺、田嶋涼太には、数ヶ月前から気になる子がいる。後輩の深町泉澄さんだ。心の中では泉澄ちゃんと呼んでいる。
夜の社内、泉澄ちゃんから好きだと聞けたらと、ズルい聞き方をした俺に返ってきた『大好きです』という言葉は、予想以上に破壊力が大きかった。
誤解しないようにと慌てる姿すらクソ可愛い。『俺も好きだよ』というちょっと意地悪な返しはどう受け取っただろうか。
(俺は君が好きだよ)
とまでは言えなかったけれど、きっとこれで、彼女は俺を意識しただろう。
泉澄ちゃんを知ったのは、彼女の入社の日で、廊下を歩いていたところを見かけたときだ。
とても不安そうでオドオドした感じの子だなと思って、心配になって見ていたら、人に会うなり慌てて姿勢を正したから、なんだかとても面白くて目を引かれた。
配属が同じところなのは驚いたけれど、縁があるのだなと嬉しかった。事務の子だから、部署の仕事の流れを説明するだけだったけれど、とても真面目に聞くいい子だった。
それにメモに手描きの図が添えられていて、素直にもっと見たいなと思った。俺の担当はすぐに終わってしまって残念に思ったものだ。
その後はたまにしか話さなかったけれど、時折目で追ってしまっていた。すました顔をしているようで、ふとしたことで表情がよく変わる。女子同士の会話ではよく笑うようだった。荷物を抱えていたら手伝ったり程度のアピールはしてみたけれど、軽やかにお礼を言われるだけだった。
お土産は露骨にならないように、みんなに配っているけれど、部署の人に俺の気持ちはバレているように思う。
なかなか仲良くなるタイミングがつかめていなかった。
ところが先週末、仕事で行ったイベントで泉澄ちゃんを見かけたのだ。パステルブルーのワンピースに、髪には青いリボン。いつもと雰囲気は違ったが見間違わないと思う。バッグにははっきり見えなかったが青味のバッジがついていた。
「誰か知っている人がいたんですか? 挨拶してきます?」
取引先の方に視線を見つかってしまった。
「いえ、全身がブルーっぽい人がいたので」
「それは、好きなキャラのイメージカラーをコーデしてるんですね」
会場を見ながら推しカラーと言うものを教えてもらった。
なるほど泉澄ちゃんはこっそり楽しんでいたんだな。ペンケースは水色だし、きれいなブルーのペンも使っていたように思う。
知らなかった一面を知って、顔の筋肉が緩むのを止められなかった。
市場調査にもなるからと、自分に言い訳をしながら帰りに寄ったゲーセンで、ハマってしまった。
どの青味のキャラを取ればいい? 気がつくとたくさんのキーホルダーを獲得していた。少し悩んで赤い髪の女の子のキーホルダーを仕事のカバンにつけてみた。
何か反応があるだろうか。隠していそうだし、何もないかもしれない。好きなキャラはどれ? 話しかけようか。わくわくと考えが止まらない。
翌日、話しかけてくれた泉澄ちゃんは、声をかけたことに焦っていて、小動物みたいに可愛かった。
「大丈夫。落ち着いて、深町さん」
そう言ったものの、本当は慌てる姿をもっと見ていたかったと言ったら怒るだろうか。
カバンからキーホルダーを取り出して選んでもらおうと並べて見せる。
「涼太先輩、神!」
泉澄ちゃん、素が出ているよ。指摘したらどうなるだろう。警戒させてしまうだろうか。笑ってしまわないようにするのが大変だった。
彼女が選んだ青い髪のキャラは、主人公をフォローするクールな騎士だ。彼女はクールな人が好きなんだろうか?
(もっとこの反応や笑顔が見たいな)
普段と変わらない態度になるよう気をつけて、名残惜しく思いながら客先に向かった。願わくば彼女も名残惜しく思ってくれているように。
営業からの帰り道、コンビニに寄るとマスコットの付いた缶コーヒーを見つけた。今日からだったのか。大人気なく棚の奥から青髪のキャラのついた物を取り出した。
(まだ居るかな?)
直帰しても良かったが、会社に戻ることにしたのだった。
(会社に戻って良かった)
ちょうど一人の深町さんに、缶コーヒーを渡すと、驚いた顔でマスコットと俺を見比べた。面白い。たったそれだけでウキウキと楽しい。
「俺も好きだよ」
本当の好きが伝わったらいいな。チャンスは活かしたい。
距離を詰めるべくゲーセンに誘った。
「好きなの取るよ」
物で釣ったものの、初めてのデートをすることになった。
デートだって気づいてるかな?
今はまだそれでもいい。一歩前進したことが嬉しい。
俺はもうとっくに好きだけれど、彼女にもいつか本当に好きになってもらえるように。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
ご評価いただけましたら、励みになり、とっても嬉しいです。
こちらの話は、某オープンチャットの企画でキーワードをいただきました。
ちむちーさんありがとうございました。
・ビジネスオタク男子
・マジガチオタク女子
・本当に好きになるということ
というワードで想像した話でした。




