表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

オタクな彼女の落とし方【改稿版】

作者: 瑠璃/風花
掲載日:2026/06/15

 隠れオタクと自認している社会人一年目の私、深町(ふかまち)泉澄(いずみ)は意外な人の意外なモノを見つけて、いま絶賛爆発的に興奮している。冷静を装っているけど!

 

 少し離れた席の田嶋(たじま)涼太(りょうた)先輩のカバンに人気アニメのアクリルキーホルダーがついていたのを見逃せなかったのだ。

 

 あれは、最近のゲーセン限定グッズでは?

 

 もしかしたら、取引先の人に貰っただけかもしれない。たまたまゲーセンに付き合いで行っただけかもしれない。本当は興味ないのかもしれない。

 でも、仕事のカバンなのよ? とても気になるじゃない。

 あぁ、聞きたい、話しかけたい、語りたい。涼太先輩も同士だったのかもと思うと、それだけで興奮が止まらない。


 涼太先輩は今の部署での営業さんで、入社した当初に仕事を教えてくれた先輩のひとり。笑うとたれる涼やかな目元に、柔らかな髪をふわっと流している。

 人懐っこいタイプで、部署のみんなからリョータと呼ばれていて、私も倣って呼び名は涼太先輩。

 

 なんていうか、みんなに優しいやわらかな陽キャって感じ。よく高いところの資料を取ってくれたりするし、通りがかりに荷物を持ってくれたりする。

 

 本当の私は陰キャ寄りだけれど、普通くらいの人を目指して擬態しているし、仕事は営業さんのサポートだ。だから部署内の人に話しかけてもおかしくないはず。もう興味が止まらないのだ。


「次、シロノ企画、行ってきまーす」


 涼太先輩が、いつもの客先に向かおうと私の席の近くを通る。


「あの! 涼太先輩!」


 すごくびっくりした顔の彼と目が合って、うっかり手を掴んでしまったことに気づいた。


「あ、ごめんなさい。ええっと」

「大丈夫。落ち着いて、深町さん」


 何から言っていいかわからなくて焦ってしまう。


「あの、それ……」


 キーホルダーを指差すと、合点がいったように涼太先輩は微笑んだ。


「実は昨日ゲーセンで獲ったんだよ。深町さんも好き?」


 私が、勢い良く頷くと、彼はおもむろにカバンを開け、いくつかのキーホルダーを出してきた。


「妹のために取った余りだから、良かったらあげるよ。好きなキャラがあるといいけど」

「い、いいんですか!? 涼太先輩、神!」


 神だなんてオタクらしい言葉を使ったことに気づきもせず、夢中で選ばせてもらう。私の好きな青髪の騎士キャラを見つけ、それを手に取った。


「一つで良かったの?」

「はい。ありがとうございます。大切にします!」

「どういたしまして」


 涼太先輩は、微笑んだ。笑うと目が細くなって、くしゃっと目元に笑い皺が出来る。ふいに目が合って胸がキュってなった。きっと欲しかったキーホルダーを貰えて嬉しかったからだと思う。

 

「あ、あの、キーホルダーは付けたままシロノ企画に行くのですか?」


 気になっていたことを聞くと、彼は内緒だよって、仕草をしながら


「話題になるからね。先方がちょうどコラボを検討してるみたいでね」

「そうなんですね! さすがです」


 合いの手を入れながら、急激に恥ずかしさと居たたまれなさが襲ってきて、悲しくなってきた。


「じゃあ、行ってくるね」

「涼太先輩、ありがとうございました。いってらっしゃい」


 一瞬の気まずい空気を、何もなかったように流して、先輩は爽やかに出かけて行った。


 そっか、そうだよね。そうやって営業成績が作られるんだ。彼が同士じゃなくて残念だったし、私の態度が恥ずかしいやらで呆然としていた。


「…………ちゃん、泉澄ちゃん」


 自分の世界に飛んでいた私は、隣の席からの声にハッとした。


「すみません! なんでしたでしょうか」


 慌てて謝ったけれど、仕事の話ではなかったらしい。


「なんだかいい雰囲気だったわね?」


 小さな声だけど、揶揄うようなお顔がにやけてらっしゃる。さっきのやり取りがそう見えたってこと?


「あの、いえ、キーホルダーの話をしていただけで」


 オタクを隠しているから、目が泳いでしまう。


「隠さなくてもいいのよ。彼を目で追っていたじゃない」


 目で追っていたのはキーホルダーです! と言いたかったけれどオタバレの危機なので言えない。絶対、完全に誤解をされてしまった。


 どうしよう。涼太先輩のことは素敵だと思うし、カッコイイとも思うけれど、いまひとつ生身の男性はわからないのだ。

 彼氏いない歴イコール年齢の私と噂になったら涼太先輩が気の毒すぎる。


「涼太先輩にも選ぶ権利があるので」

「泉澄ちゃん、可愛いから大丈夫よぅ。応援してるね」


 あれ、なんか返答を間違った気がする。 



 それからは気にしないように頑張って、書類を作成したり、コピーをしたりして過ごし、定時を1時間ほど回った頃だった。


「ただいまーって、あれ? 深町さんだけ?」


 涼太先輩が帰ってきて声をかけられた。

 

「私はもうすぐ帰るところですが、残業組は夕食に出ています」

「そう、ちょうど良かった。これ差し入れ」


 机にコトンと置かれたそれは、アニメとコラボしていた缶コーヒーで、キャップのようなケースにマスコットが入っている。青い髪が見える。


「あ……!」


 びっくりして先輩と缶コーヒーを見比べてしまった。


「えっと、好きかと思って」


 おずおずと先輩が言うので、慌ててしまった。慌てたので、思いの外大きな声が出た。


「はい、大好きです!」


 涼太先輩が、良かったという顔をして、微笑んだ。耳の端っこが赤く見えたので、あわてて、


「これは! マスコットのことであって。あの!」


「大丈夫、誤解はしてないよ」


 涼太先輩は、いたずらっぽい顔をして


「俺も好きだよ」


 とこちらを見ながら笑った。

 ダメだ、これは心臓に悪い。誤解しちゃだめだと思うけれど、顔が熱くなる。


「駅前のゲーセンに行かない? 好きなの取るよ」

「っ、行きます!」


 それダメなやつ〜と警笛が頭で鳴るけれど、欲望が先に顔を出してしまったのだった。


「仕事、あとどれくらい?」

「もう片付けるところでした」

「俺もそれくらい」


 涼太先輩は、ホワイトボードに向かうと、プレートを退勤に変えた。

 慌てて机周りを片付ける。片付けながら今になって、二人で出掛けることを意識し始めてしまった。気づかれないように平静を装わなくては。


「すみません。着替えてきます」

「うん。俺も軽く日報書くから、ゆっくりで大丈夫だよ」


 涼太先輩が、大丈夫と言うといつもなんだかホッとする。ロッカールームにつくと、素早く着替えて、メイクを確認、リップをつけ直す。ハーフアップの髪をまとめ直して、通勤用の青いバレッタに付け替えた。


 少し考えて、昼間もらったキーホルダーを、バッグにつけてみた。淡い水色のバッグに青髪の騎士。今まではっきりわかるグッズはつけてなかったけれど、今日はいいよね。


 涼太先輩がゲーセンに誘ってくれたということは、やっぱり同士かもと嬉しくなるのだった。


 ◇ ◇ ◇


「あぁ〜、また! なんでそこで落ちるのぉ!? 私へたすぎて、ゲーセンのグッズは諦めてたんですよ」

「アームがゆるいから、そこの角を引っ掛けるんだよ」

「え、どこどこ?」


 肩が触れ合ってドキッとする。思いの外、距離が近くなっていた。なるべく自分で小さなぬいぐるみを取ろうとしているけれど、いっこうに掴めない。


「次は、俺にやらせて」


 先輩が硬貨を追加して入れ、真剣にぬいぐるみを見定めた。アームが動き、慎重にボタンを押す。その横顔から目が離せない。


「わぁ! すごい! どうして取れちゃうの?」


 小さくコトンとぬいぐるみが落ちる音で我に返り、思わず自然と声が出た。交代でプレイしているけれど、何度見てもすごいと思う。

 目的のぬいぐるみは埋まっていたので、四つ目でやっと推しが取れた。


 けっこう時間が経っていたけれど、隣の台にはデフォルメされたデザインの人形(フィギュア)があった。


 気になるなぁと、ぬいぐるみを抱きしめながら気を取られていると、声をかけられた。


「名残惜しいけど、ご飯に行かない?」


 確かに、もう八時も過ぎてお腹もペコペコ。


「また来ようよ」

「……はい」


 また……。また今日みたいな時間が過ごせるの? 先輩も楽しいと思ってくれたのかな……。今日が終わってしまうのが寂しい。


 水色のエコバッグにぬいぐるみをしまおうとして思い出し、赤い髪のぬいぐるみを涼太先輩に差し出す。ぬいぐるみは好きかな?


「ありがとう」


 先輩はにっこり笑って受け取ってくれる。良かった、渡して正解だった! そんなことが嬉しくなる。


「私の方こそ、ありがとうございます」


 感謝が伝わるといいな。自然に口角が上がっていた。


 ゲーセンを出ると、行列があるラーメン屋が正面に見えた。仕事が遅くなった日は行列を見かけていて、前から気になっていた。


「私、あの店が気になります」


 思い切って伝えてみたら、少し困惑したような気配がした。先輩はああいった店には行かないのかな、と思い直した時だった。

 

「ラーメン屋だけど、いい? 駅前の店だから、きれいではあると思うけど」

「ひとりで入りづらいので行ったことがないんです」

「そうか。それなら行こう」

 

 どうやら、お店の雰囲気が気になったみたい。ラーメン屋はほとんど入ったことがないから知らなかったけれど、壁にもお品書きが貼ってあって居酒屋に近い雰囲気だった。店員さんの掛け声が大きくて面白い。


「泉澄ちゃん……」

「はい」


 普通に答えて、あれ? と思う。顔を上げて先輩を見ると、ほんの少しだけいつもと違う顔をしていてドキッとした。


「俺も名前で呼んでいい?」

「もちろんです」


 私も涼太先輩って呼んでるし、と思いながらも、少し考える。いいのかな、ちょっと距離が近くなった気がする。だって先輩は、意外とみんなのことは名字で呼んでいたから。

 

 先輩が、スマホを取り出した。

 ラーメンの写真を撮るのかな? 私も撮っちゃおうと、バッグからスマホを出す。


「スマホは白なんだ?」

「え?」

「水色が好きだと思っていたから」

「なんで知ってるんですか。スマホを買うとき、水色がなかったんですよ〜。カバーは透明なのが好きなんです」

「そのバッグ、綺麗な水色だからね」


 先輩は種明かしのように視線をバッグに移し、微笑んだ。


「キーホルダー、付けてくれてありがとう」

「あ、いえ。保管しようか迷ったんですけど、せっかくなので付けてみました」

「保管……」


 あ……、普通はそういう言い方しないんだっけ。内心慌てた時だった。


「もう一つ欲しいね。まだゲーセンにあるといいけど。また行くのに連絡先交換しない?」


 そうして繋がったメッセージアプリには、よろしくと可愛いアニメのスタンプが送られてきて、顔が緩んだのだった。


 どうしよう。明日から普通に話せるかな。帰宅後に今日のお礼のメッセージを送っては、スマホを胸に抱える。


 もう涼太先輩の笑顔が頭から離れなくて、ヤバイ。先輩が名前で呼ぶのは私だけだったらいいのにな。


 この気持ちに名前をつけたら手遅れで。

 涼太先輩が最推しになってしまうのは、きっとすぐなのだ。

 

◇ ◇ ◇


 みんなに涼太と呼ばれる俺、田嶋涼太には、数ヶ月前から気になる子がいる。後輩の深町泉澄さんだ。心の中では泉澄ちゃんと呼んでいる。


 夜の社内、泉澄ちゃんから好きだと聞けたらと、ズルい聞き方をした俺に返ってきた『大好きです』という言葉は、予想以上に破壊力が大きかった。


 誤解しないようにと慌てる姿すらクソ可愛い。『俺も好きだよ』というちょっと意地悪な返しはどう受け取っただろうか。


(俺は君が好きだよ)


 とまでは言えなかったけれど、きっとこれで、彼女は俺を意識しただろう。



 泉澄ちゃんを知ったのは、彼女の入社の日で、廊下を歩いていたところを見かけたときだ。

 とても不安そうでオドオドした感じの子だなと思って、心配になって見ていたら、人に会うなり慌てて姿勢を正したから、なんだかとても面白くて目を引かれた。


 配属が同じところなのは驚いたけれど、縁があるのだなと嬉しかった。事務の子だから、部署の仕事の流れを説明するだけだったけれど、とても真面目に聞くいい子だった。


 それにメモに手描きの図が添えられていて、素直にもっと見たいなと思った。俺の担当はすぐに終わってしまって残念に思ったものだ。


 その後はたまにしか話さなかったけれど、時折目で追ってしまっていた。すました顔をしているようで、ふとしたことで表情がよく変わる。女子同士の会話ではよく笑うようだった。荷物を抱えていたら手伝ったり程度のアピールはしてみたけれど、軽やかにお礼を言われるだけだった。


 お土産は露骨にならないように、みんなに配っているけれど、部署の人に俺の気持ちはバレているように思う。

 

 なかなか仲良くなるタイミングがつかめていなかった。


 ところが先週末、仕事で行ったイベントで泉澄ちゃんを見かけたのだ。パステルブルーのワンピースに、髪には青いリボン。いつもと雰囲気は違ったが見間違わないと思う。バッグにははっきり見えなかったが青味のバッジがついていた。


「誰か知っている人がいたんですか? 挨拶してきます?」


 取引先の方に視線を見つかってしまった。

 

「いえ、全身がブルーっぽい人がいたので」

「それは、好きなキャラのイメージカラーをコーデしてるんですね」

 

 会場を見ながら推しカラーと言うものを教えてもらった。


 なるほど泉澄ちゃんはこっそり楽しんでいたんだな。ペンケースは水色だし、きれいなブルーのペンも使っていたように思う。

 知らなかった一面を知って、顔の筋肉が緩むのを止められなかった。


 市場調査にもなるからと、自分に言い訳をしながら帰りに寄ったゲーセンで、ハマってしまった。

 どの青味のキャラを取ればいい? 気がつくとたくさんのキーホルダーを獲得していた。少し悩んで赤い髪の女の子のキーホルダーを仕事のカバンにつけてみた。


 何か反応があるだろうか。隠していそうだし、何もないかもしれない。好きなキャラはどれ? 話しかけようか。わくわくと考えが止まらない。


 翌日、話しかけてくれた泉澄ちゃんは、声をかけたことに焦っていて、小動物みたいに可愛かった。


「大丈夫。落ち着いて、深町さん」


 そう言ったものの、本当は慌てる姿をもっと見ていたかったと言ったら怒るだろうか。


 カバンからキーホルダーを取り出して選んでもらおうと並べて見せる。


「涼太先輩、神!」


 泉澄ちゃん、素が出ているよ。指摘したらどうなるだろう。警戒させてしまうだろうか。笑ってしまわないようにするのが大変だった。


 彼女が選んだ青い髪のキャラは、主人公をフォローするクールな騎士だ。彼女はクールな人が好きなんだろうか?


(もっとこの反応や笑顔が見たいな)


 普段と変わらない態度になるよう気をつけて、名残惜しく思いながら客先に向かった。願わくば彼女も名残惜しく思ってくれているように。

 


 営業からの帰り道、コンビニに寄るとマスコットの付いた缶コーヒーを見つけた。今日からだったのか。大人気なく棚の奥から青髪のキャラのついた物を取り出した。


(まだ居るかな?)


 直帰しても良かったが、会社に戻ることにしたのだった。


(会社に戻って良かった)


 ちょうど一人の深町さんに、缶コーヒーを渡すと、驚いた顔でマスコットと俺を見比べた。面白い。たったそれだけでウキウキと楽しい。


「俺も好きだよ」


 本当の好きが伝わったらいいな。チャンスは活かしたい。

 距離を詰めるべくゲーセンに誘った。


「好きなの取るよ」


 物で釣ったものの、初めてのデートをすることになった。

 デートだって気づいてるかな?


 今はまだそれでもいい。一歩前進したことが嬉しい。

 

 俺はもうとっくに好きだけれど、彼女にもいつか本当に好きになってもらえるように。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

ご評価いただけましたら、励みになり、とっても嬉しいです。


こちらの話は、某オープンチャットの企画でキーワードをいただきました。

ちむちーさんありがとうございました。


・ビジネスオタク男子

・マジガチオタク女子

・本当に好きになるということ


というワードで想像した話でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ