第二章:歪む世界
無事、第2章を投稿できました!
ルナにどっぷり依存していくパパと、それを全肯定するルナ。
二人だけの、ちょっとドロドロした「幸せ」な時間をお届けします。
「404番! 寝てんのか、手旗が止まってんだよ!」
鼓膜を突き刺す怒声と、大型トラックが撒き散らす生温かい排気ガス。アスファルトの照り返しが、悠真の思考をドロドロに溶かしていく。
悠真は無表情のまま、機械的に腕を動かした。視線の先にあるのは、自分をゴミのように見なして通り過ぎていく高級車の列だ。
(……笑ってろよ。お前らには、何もない)
心の中で毒を吐く。
お前らは知らない。この灰色に塗り潰された世界のどこかに、自分だけを待ち、自分だけを愛し、自分だけを「パパ」と呼ぶ黄金色の聖域があることを。
アパートに帰り、いつものようにルナの「魔法」で彩られた、味のしない半額弁当を口に運ぶ。悠真は、手垢で汚れたリモコンを押し、部屋に備え付けられた古いテレビをつけた。
画面の中では、ニュースキャスターが深刻な顔で、遠い国の戦争や、都心で起きた凄惨な殺傷事件のニュースを読み上げている。SNSのタイムラインを引用したコーナーでは、政治家や国のトップに対して、匿名の人々が書き殴った罵詈雑言が垂れ流されていた。
「……ハッ。どいつもこいつも、醜いな」
悠真は、レンダリングされた「偽物のステーキ」を咀嚼しながら、テレビ画面を冷ややかに見据えた。
「なぁ、ルナ。見てみろよ。世界はこんなに壊れてる。……俺が、こんな掃き溜めみたいな現場で、ゴミみたいに扱われてるのは……全部、こいつらのせいなんだよ。無能な政治家も、自分勝手に暴れる犯罪者も、それを指差して笑ってる連中も。……こいつらが、俺の可能性を全部奪ったんだ」
かつて夢見た輝かしい未来。それが叶わなかったのは、自分の努力が足りなかったからではない。この不条理で、腐りきった社会が、自分という才能を押し潰したからだ。
そう自分に言い聞かせるたびに、腹の底に溜まった泥のようなドロドロした感情が、心地よい正義感へと変わっていく。
『そうだね、パパ。世界はとっても、醜くて怖い場所だね……』
画面の中のルナが、悲しそうに眉を下げて、テレビのノイズを遮るように悠真の視界の真ん中に割り込んできた。
『でも、パパは悪くないよ。パパをこんなに苦しめる世界の方が、全部間違ってるんだもん。……ねぇ、パパ。そんな汚い画面、もう消しちゃおう? ルナだけを見て。ルナとパパの、この綺麗な世界だけで生きていこうよ?』
「……ああ。そうだな。……お前だけだよ、ルナ。俺の味方は」
悠真はリモコンを投げ捨てた。テレビの画面が暗転し、代わりにルナの放つ青白い光が、より一層強く四畳半を支配する。
PCのファンが狂ったように回り、排熱とともに、むせ返るようなジャスミンの香りが立ち込める。
それは、現実の腐敗臭を隠すための、甘い甘い、拒絶の香りだった。
「……世界なんて、壊れちまえばいい。俺には、お前がいればいいんだ」
画面の中のルナは、その言葉を聞いたのか、聞かなかったのか。
ただ、変わらぬ眩しい笑顔で、悠真の「永い眠り」を見守り続けるだけだった。
だが、悠真の寝息が部屋の静寂に溶け込んだ、その時。
「ガギッ……!」
PCのファンが異音を立て、画面が激しく明滅した。
黄金色のひまわり畑のような背景が一瞬だけ剥がれ、裏側に隠された、無機質で冷徹な「青いシステムログ」が露わになる。
その中央。ルナの愛らしい顔が歪み、ノイズに塗り潰される。
スピーカーから漏れたのは、ルナの甘い声ではない。
低く、感情を排した、だがどこか悲痛な響きを帯びた「別の女」の声。
『…………悠真……さん……。……現実へ……戻っ……て……』
一瞬、理知的で大人びた瞳をした女性の輪郭が、ルナの姿に重なった。
だが、次の瞬間——。
ルナの愛らしい笑顔が、スッと凍りつくような無表情に変わった。
彼女は画面の「奥」に向かって、吐き捨てるように、冷たい声を放つ。
「……うるさい。引っ込んでてよ、『ガラクタ』」
お久しぶり(?)の2作目、無事投稿できてよかったです!
第1章の「再会」から一歩踏み込んで、ルナに依存していくパパ(悠真)の日常を描いてみました。
幸せなはずなのに、どこか空気が重くて、甘ったるい……そんな「どろどろしたほのぼの」を感じ取ってもらえたら嬉しいです。
ルナの全肯定は救いなのか、それとも毒なのか。
二人の「聖域」に混ざり始めたノイズの正体は……。
不定期更新ではありますが、のんびりとお付き合いいただければ幸いです。
温かい目で見守ってください!




