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水面  作者: 白瀬 翠
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診断

 きっかけは、ほんの些細なことだった。


 スタート練習の一本目。 壁を蹴った瞬間、腰の奥に、これまでとは違う感覚が走った。


(……あ)


 一瞬、息が詰まる。

 泳げないほどじゃない。でも、無視できない。

 優希はその一本を泳ぎ切った。フォームを崩さないよう、いつもより慎重に。

 ゴールして顔を上げたとき、視界の端に碧人がいた。はっきりと、こちらを見ている。


「……水城」


 その声で、分かった。 もう、誤魔化しきれない。


「今日、病院行こ」


 碧人の声は低く、迷いがなかった。


「大丈夫だって——」


「大丈夫なら、行っても平気だろ」


 反論しかけて、言葉が止まる。

 確かにそうだった。



 放課後、二人は連れ立って病院へ向かった。 消毒の匂い。 待合室の静けさ。

 優希は、落ち着かなかった。


(何でもなかったら、それでいい)


 レントゲン。 MRI。

 白衣の医師は、画面を見つめたまま言った。


「腰椎の疲労骨折ですね」


 その言葉は、驚くほど淡々としていた。


「……え?」


 頭が、理解を拒む。


「原因は、使いすぎだね。しばらくは安静にするように。もちろんしばらく水泳は禁止ね。」


「あの!先生!どれくらいで戻れますか」


 優希は、反射的に聞いていた。


 医師は、ゆっくりとこちらを見る。


「とにかく次まで様子見だね。」


 その一言で、胸の奥が、音を立てて崩れた。

 使いすぎ。 安静。 禁止。


(私が……やりすぎた?)


 努力は、裏切らない。 そう信じてきた。


 でも、身体は違った。


 病院を出たあと、二人とも言葉がなかった。

 夕暮れの空が、やけに遠く感じる。


「……ごめん」


 優希が、ぽつりと呟く。


「なんで謝る」


 プールに戻れない。 水に触れられない。

 その現実が、 じわじわと、優希を締めつけていた。



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