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水面  作者: 白瀬 翠
3/27

速さの理由

 夕方のプールは、朝とは違う音がする。

 部員たちの声、飛び込みの水音、壁を蹴る衝撃。

 青ヶ崎高校水泳部の練習は、いつも静かとは言えない。


「次、50×8。レスト20秒!」


 顧問の先生声が響く。碧人はスタート台に足をかけ、軽く首を回した。


(集中しろ)


 100メートルバタフライ。自分の専門種目だ。

スピードも持久力も、それなりにある。県大会でも安定して上位に入る。


――それでも。


 隣のレーンを見る。 水城優希は、黙々とアップを続けていた。無駄な動きが一切ない。フォームにも呼吸にも一切の乱れを感じさせない。


(同じ二年なのにな)


 碧人は、無意識に歯を食いしばる。


 自分も努力していないわけじゃない。

 朝練もサボらないし、陸トレも欠かさない。勉強だって、周囲よりはやっている。


 それなのに―― 水城優希の泳ぎを見るたび、はっきりとした差を感じてしまう。


 速さだけじゃない。 迷いのなさ。覚悟の深さ。


「Take your marks...」


 飛び込む。 

 水に入った瞬間、思考は途切れ、身体だけが動く。

 バタフライ特有の苦しさが、肺に押し寄せる。


(負けるか)


 折り返し。 


 視界の端に、優希のレーンが映る。


 同じ練習をしているのに、あの人は、まるで別の世界を泳いでいるみたいだった。


 ゴール。


 壁に触れた瞬間、肺が悲鳴を上げる。 碧人は水面に顔を出し、大きく息を吸った。


「ナイス、碧人」


 声をかけてきたのは、成瀬樹だった。 同じく二年、水泳部の100メートル自由形を担う親友。


「なぁ……水城、やばくね?」


「今さら?」


 樹は笑いながらも、視線は優希に向いている。


「でもさ」 


 碧人は言葉を探した。


「なんで、あそこまでやれるんだろうな」


 樹は少し考えてから言った。


「やれる、じゃなくて、やらないと落ち着かないんじゃね」


 その一言が、妙に刺さった。


(そうかもしれない)


 優希は、勝つために泳いでいるだけじゃない。 泳ぐことで、自分を保っている。

 だから、あんなに強い。



 練習が終わり、更衣室へ向かう途中。 優希がタオルを肩にかけて歩いているのが見えた。


 一瞬、声をかけようとして――やめる。


(俺が何言うんだ)


 同じチームメイト。 それ以上でも、それ以下でもない。


 ……はずなのに。



 家に帰っても、集中できなかった。 数学の問題集を開いても、頭に入ってこない。


 代わりに浮かぶのは、優希だった。プールでの背中。図書室での横顔。


(なんだよ、これ)


 恋だと認めるには、まだ早い。 でも、尊敬だけで片づけるには、胸がうるさすぎた。



 数日後。


 朝練が終わり、優希が一人でストレッチをしていた。


「水城」


 気づけば、声をかけていた。


「今度さ」 


 一瞬、間が空く。


「一緒に自主練しない?」


 優希は少しだけ驚いた顔をした。


「どうして?」


「200の組み立て、ちゃんと見たい。参考にしたい」


 嘘じゃない。 でも、全部でもない。


 優希は数秒考えてから、頷いた。


「いいよ」


「ほんと?」


 思わず声が弾む。


「うん。ただし、私、妥協しないけど」


「望むところ」


 そのやり取りだけで、胸が少し軽くなった。


(近づきたい)


 でも同時に、強く思う。


(邪魔はしたくない)


 水城優希の時間は、 水と、努力と、未来に向かっている。


 その流れを止める存在にだけは、なりたくなかった。

 だから、今はまだ―― 同じ水面に立つだけでいい。


 それが、碧人の選んだ距離だった。



初めまして。お読みいただきありがとうございます♪

白瀬翠と申します。

水泳部を舞台とした健全なストーリーが少ないと感じたので今回このような作品を執筆させていただきました。

皆様に楽しんでいただけると幸いです。


また、誤字・脱字、不適切な表現等がありましたらコメントで教えていただけると嬉しいです。

その他なんでもお待ちしております。


この作品が日々努力するあなたの背中をそっと押せるような一作となりますように。



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