水の外で見えたもの
泳げなくなって、一週間。
朝練がない分、早く登校して自習室に向かう。 机に並べるのは、英語の長文と数学の問題集。
胸の奥が落ち着かなかった。
(私は、何を目指してるんだろう)
これまでは単純だった。水泳で結果を出す。勉強も、その延長線にあった。
でも今は、水泳がない。
昼休み、進路指導室の前を通りかかる。貼り出された大学一覧。
理学部。工学部。農学部。獣医学部。歯学部。
「医学部...」
怪我をして、病院に通うようになってから、医師の言葉や、対応の一つ一つが妙に心に残っていた。
「今は、治すことが最優先です」
あの言葉は、優しかった。でも、はっきりしていた。
(支える側、か)
水の中では、自分が結果を出す側だった。でも、水の外では、支えられる側。
それが、悔しくて。 でも、同時に救われてもいた。
放課後、図書室。
椿が向かいに座る。
「最近、顔つき変わったね」
「そう?」
「前より……考えてる顔」
優希は、少しだけ笑った。
「泳げないと、暇でさ」
「それ、嘘でしょ」
椿は、分かっているという顔をした。
「水泳しかなかったって、思ってた?」
その問いに、優希はすぐ答えられなかった。
「……思ってたかも」
「でもさ」
椿は、優しく言う。
「今も優希は、優希だよ」
その言葉が、胸に静かに落ちた。
夜。 模試の結果を見返す。
成績は、落ちていない。 むしろ、安定している。
(水泳がなくても、私は——)
その事実が、少しだけ怖かった。
でも同時に、新しい可能性が、輪郭を持ち始めていた。




