空白の日々
翌日から、優希はプールに入らなかった。
タオルも、ゴーグルも、 ロッカーの中で眠ったままだ。
放課後。 プールへ向かう部員たちを、廊下から見送る。
その背中を見ているだけで、胸が苦しくなる。
(私は、ここに立ってていいのかな)
顧問の先生は今は治すことに集中しろと言ってくれた。
正しい。 でも、簡単じゃない。
放課後は、図書室へ向かうようになった。 机に並ぶのは、問題集と参考書。
ページをめくる手は止まらない。 でも、頭の片隅で、ずっと考えてしまう。
(もし、このまま戻れなかったら)
自分は、何者になるのか。
“水泳ができる自分”を前提に、 すべてを積み上げてきた。
それが、突然、なくなった。
昼休み。
「優希」
椿が、静かに隣に座る。
「無理してない?」
「してないよ」
でも、声は少し硬い。
「泳げない時間も、大事だよ」
「……分かってる」
本当は、分かっていなかった。
夜。 机に向かっても、集中が続かない。
腰は、痛みというより、存在感を主張してくる。
(私は、水泳がなかったら)
ペンが止まる。
スマホが震えた。
碧人からのメッセージ。
『今日は、無理に話さなくていい でも、ちゃんと食べて、ちゃんと寝ろ』
画面を見つめたまま、 優希は、初めて涙をこぼした。
(……悔しい)
泳げないことが。身体を信じきれなかった自分が。
そして、水のない場所で、初めて“自分”と向き合わされていることが。
でも。
その隣に、黙って寄り添ってくれる存在がいる。
それだけが、今の優希を、なんとか立たせていた。




