静かな水面
朝のプールは、いつも静かだった。
まだ誰もいない。
水面に差し込む白い光が、ゆらゆらと揺れながら反射している。
その光を割るように、一本のラインがまっすぐ伸びていた。
「お願いします」
水城優希は誰もいないプールに向かってお辞儀をした。
そのまま入水し泳ぎ出す。
三回に一度の呼吸。崩れないリズム。
ターンも、浮き上がりも、何もかもが計算されている無駄のない泳ぎだ。
――あと五メートル。
壁に指先が触れた瞬間、優希は顔を上げた。
水を切る音が止み、プールサイドにいた人影が近づく。
「相変わらず綺麗なフォームだな」
そう言って笑ったのは漣碧人だった。
クラスメイトでもあり、水泳部では100メートルバタフライを専門にする選手だ。
「ほんとに動きに無駄がない」
「全然。うまく掻ききれなかった。」
淡々と返しながら、優希はゴーグルを外す。濡れた前髪が頬に張りつくのも気にせず、すぐに呼吸を整えた。
「それで全然なのかよ……」
碧人は小さく息を吐く。 優希は青ヶ崎高校水泳部のエースだ。入学時から頭角を現し、二年にして200メートル自由形の主力。県内では知らない人はいない。
だが本人は、そういう評価に興味がないようだった。
「もう一本いく」
「了解」
号令もないまま、優希は再び水に入る。
その背中を、碧人は無意識のうちに目で追っていた。
(……やっぱり、すごい)
速いだけじゃない。誰よりも練習を積み、誰よりも自分に厳しい。調子が良い日ほど、むしろ不満そうな顔をする。
努力している姿を、努力だと思っていない人間。 碧人にとって、水城優希はそんな存在だった。
――憧れ。
その言葉を、まだはっきりとは認めていなかったけれど。
再び水面が静けさを取り戻す。 優希の泳ぎが、朝のプールに溶け込んでいく。
まるで、最初からそこにあったかのように。
初めまして。お読みいただきありがとうございます♪
白瀬翠と申します。
水泳部を舞台とした健全なストーリーが少ないと感じたので今回このような作品を執筆させていただきました。
皆様に楽しんでいただけると幸いです。
また、誤字・脱字、不適切な表現等がありましたらコメントで教えていただけると嬉しいです。
その他なんでもお待ちしております。
この作品が日々努力するあなたの背中をそっと押せるような一作となりますように。




