第七章 奇跡なき再建、疑いの芽
奇跡が使えなくなった時、
国は試される。
神に頼れないから滅びるのか。
それとも、
人の手だけで立ち上がれるのか。
この章で描かれるのは、
魔法でも、神威でもない。
汗と、失敗と、
信じるという行為そのものだ。
そしてもう一つ――
静かに、だが確実に近づく
「外からの視線」。
国が動き始めた時、
必ず誰かが、それを見逃さない。
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第七章 奇跡なき再建、疑いの芽
朝は、静かだった。
畑に奇跡の芽はない。
瓦礫は、昨日と同じ場所に積まれている。
城壁の穴も、塞がれてはいない。
それでも、人々は集まっていた。
「今日は……何をする?」
誰かが、恐る恐る尋ねる。
レオンは、地図代わりの羊皮紙を広げた。
そこには、城跡と周辺の地形が粗く描かれている。
「まず、水路だ」
「水路?」
「畑が戻らなくても、井戸が枯れなければ人は生きられる」
指で線をなぞる。
「瓦礫をどかし、崩れた水路を繋ぎ直す。
時間はかかるが、確実だ」
民は、顔を見合わせた。
「奇跡は?」
誰かが言った。
空気が、わずかに張り詰める。
「使わない」
レオンは即答した。
「理由は?」
「使えないからだ」
背後で、アステリアが小さく咳をした。
「……しばらく、無理です」
顔色は悪く、
羽根も、少し透けている。
民は、不安そうに彼女を見る。
「神様が……弱ってる?」
「はい。すごく」
正直すぎる答えに、
レオンは内心で頭を抱えた。
「だからこそだ」
彼は声を張る。
「神に頼らず、人でやる」
「できるのか……?」
「できるまでやる」
その言葉に、
誰かが道具を持ち上げた。
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その頃。
街道の向こう、
豪奢な馬車が並ぶ商隊が、足を止めていた。
「……この国跡で、作物が一夜で芽吹いたという話は本当か?」
肥えた商人が、帳簿を閉じる。
「はい。目撃者多数。
ですが翌夜、畑は枯れたと」
「なるほど」
隣の馬車から、
絹の衣をまとった男が降りてくる。
貴族だ。
「神の介入……か」
「あり得ますな」
「問題だ」
貴族は、冷たく笑った。
「神が関わる国は、予測不能になる」
「放置すべきでは?」
「いや」
彼は、遠くの城跡を見据えた。
「利用できるか、潰すか。
どちらかだ」
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城跡。
アステリアは、石の上に座り込んでいた。
「……ごめんなさい」
小さな声。
「私が、軽率でした」
レオンは、作業を見ながら答える。
「結果論です」
「でも、権限が使えなくなって……
女神として、役に立てない」
「役割は、奇跡だけじゃない」
レオンは振り返った。
「あなたは、見ている」
「え?」
「この国がどう壊れて、
人がどう立ち上がるか」
アステリアは、目を見開いた。
「神が見て、
人がやる」
彼は続ける。
「それで十分だ」
アステリアの目に、
光が戻る。
「……それ、記録していいですか?」
「なぜ」
「失敗担当として、
とても大事な瞬間なので」
レオンは、苦笑した。
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数日後。
水路は、半分だけ復旧した。
完全ではない。
だが、水は流れた。
その夜。
見張りが駆け込んでくる。
「王子!
商隊が、接触を求めています!」
「……来たか」
レオンは、外套を羽織る。
「人数は?」
「商人と……貴族が一人」
アステリアが、息を飲んだ。
「神の気配を……探られてます」
「感じ取れるのか」
「ええ。
まだ、微かに残ってる」
レオンは、頷いた。
「なら、奇跡は使わない」
「でも……」
「人の力で、対話する」
城門代わりの木柵の前。
商人は笑顔を浮かべ、
貴族は、値踏みするように周囲を見る。
「復興中とは聞いていましたが……
ずいぶん、地道ですな」
「借金の国ですから」
レオンは答える。
「奇跡に頼る余裕はありません」
貴族の眉が、わずかに動いた。
「……神は?」
「ここには、人しかいません」
一瞬の沈黙。
それが、
この国の運命を分ける最初の交渉になるとは、
まだ誰も知らなかった。
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夜。
アステリアは、城壁の上で空を見ていた。
「……神じゃなくても」
呟く。
「そばにいることは、できるんですね」
レオンは、うなずいた。
「むしろ、その方が強い」
風が吹き、
弱った羽根が揺れる。
奇跡なき再建は、
始まったばかりだ。
そして同時に――
この国は、
“狙われる価値”を持ち始めていた。
奇跡を使わなかった。
それは弱さではない。
使えない現実を受け入れ、
それでも前に進むという選択だ。
女神は弱り、
王子は剣を抜かず、
民は道具を取った。
それだけで、
国は確かに動き始めている。
だが――
再建の兆しは、
同時に「価値」を生む。
価値あるものは、
必ず狙われる。
商会と貴族が嗅ぎ取ったのは、
金の匂いか、
神の痕跡か。
次章、
対話は交渉へ。
再建は、政治へと姿を変える。
奇跡なき国は、
ここからが本当の戦場だ。




