第六章 最初の成功と、最初の代償
奇跡は、
希望として訪れる。
だが同時に、
世界のどこかで
帳尻を合わせようとする力が動き出す。
それを知らずに願えば、
人は奇跡を「救い」だと思う。
だが、知っていて使えば――
それは「選択」になる。
この章で描かれるのは、
初めての成功と、
その裏に隠れていた代償。
国を立て直す物語は、
ここから“楽ではない道”へと進み始める。
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第六章 最初の成功と、最初の代償
成功は、音もなく訪れた。
朝。
城跡の広場に、昨日までなかったものがある。
畑だ。
瓦礫をどけ、石を拾い、
痩せた土を掘り返しただけの、粗末な畑。
だがそこに、青い芽が並んで顔を出していた。
「……芽が、出てる」
誰かが呟く。
「昨日、種を撒いたばかりだぞ?」
ざわめきが広がる。
民が、畑を囲み始める。
「作物は三週間はかかるはずだ」
「なのに……」
レオンは、ゆっくりと畑に近づいた。
土に触れる。
確かに、温かい。
「……女神」
背後で、アステリアが冷や汗をかいていた。
「えっと、その……」
「やりましたね」
「……はい」
沈黙。
「《権限》、ちょっとだけ使いました!」
「ちょっととは」
「成長促進を、ほんの少し……
一日分を三週間分に……」
「それは“ちょっと”ではありません」
だが。
その日の昼、
街は久しぶりに“笑った”。
芽は確実に育ち、
収穫は現実的な希望になった。
「働けば、食える」
「国が……戻るかもしれない」
噂は広がり、
周辺の村から人が集まり始める。
最初の成功。
誰もが、それを疑わなかった。
――その夜までは。
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夜半。
レオンは、異変で目を覚ました。
地面が、震えている。
「……?」
外に出た瞬間、
城跡の塔の上で、空が歪んでいるのが見えた。
光の裂け目。
空間が、悲鳴を上げている。
「アステリア!!」
女神は、すでにその下に立っていた。
顔色が、真っ青だった。
「まずいです……」
「何が起きている」
「権限を使った場所に……
“調整”が入ります」
「調整?」
空が、さらに裂ける。
そこから――
黒い影が、滲み出してきた。
人の形をしていない。
獣でもない。
ただ、“不足”のような存在。
「世界の帳尻合わせです」
アステリアは、震える声で言った。
「成長を早めた分、
この世界は“何か”を失った」
「何を」
「……均衡です」
影が地面に落ちた瞬間、
周囲の畑が一斉に枯れた。
芽が黒ずみ、
土が死ぬ。
「そんな……!」
民の悲鳴。
影は動き出す。
触れた家屋が崩れ、
人が倒れる。
「私のせいです……!」
アステリアが前に出ようとする。
「待て!」
レオンは彼女の腕を掴んだ。
「謝るのは後だ!
今は止める!」
「でも、これは“権限の反動”で……
私にしか――」
「なら一緒にやる」
影が、二人に向かって伸びる。
「私は王子だ」
レオンは、影の前に立つ。
「民を守る責任がある」
「でも、あなたには力が……」
「力がないから、前に立つ」
影が、レオンを飲み込もうとした瞬間。
アステリアは、歯を食いしばった。
「……限定解除」
光が、彼女の背中から溢れ出す。
「神格権限・最低位
《均衡修復》」
世界が、軋む。
影が、悲鳴を上げて霧散する。
枯れた畑は戻らない。
壊れた家も、戻らない。
だが――
それ以上の被害は、止まった。
光が消え、
アステリアは、その場に崩れ落ちた。
「……やりすぎました」
レオンが、彼女を支える。
「代償は?」
「……私の権限、しばらく使えません」
「どれくらい」
「……分かりません」
沈黙。
遠くで、泣き声。
怒号。
失われた畑を前に、民が立ち尽くしている。
最初の成功は、
最初の代償を伴っていた。
レオンは、アステリアを抱えたまま、民の方を向いた。
「これは、私たちの失敗だ」
声は、震えなかった。
「だが、逃げない」
民が、こちらを見る。
「奇跡に頼らない。
もう一度、手で作る」
一拍。
「それでもついて来られる者だけ、残ってくれ」
沈黙の後。
一人、また一人と、
民が前に出た。
成功は、希望を与えた。
代償は、覚悟を試した。
そしてこの夜、
王子と女神は知る。
奇跡は、使えばいいものではない。
使った瞬間から、
“責任”になるのだと‥‥。
成功は、人を前に進ませる。
だが代償は、
その足取りを重くする。
芽吹いた畑は、
希望だった。
枯れた大地は、
警告だった。
奇跡を使ったのは女神だ。
だが、責任を引き受けたのは、
王子だった。
この夜、
二人は一つの約束を交わした。
奇跡は、
最後の手段にする。
失敗しても、
遠回りでも、
人の手で積み上げる。
それでもどうしても届かない時、
その時だけ――
神に頼ればいい。
国は、まだ未完成だ。
だがこの章で、
“覚悟”だけは完成した。




