第五章 ドジっ子女神は、神だった
神とは、
完璧で、
間違えず、
すべてを見通す存在だと
誰もが思っている。
だがもし、
転び、
迷い、
やり直し続ける神がいるとしたら――
それは本当に、神ではないのだろうか。
この章で描かれるのは、
奇跡の力ではない。
肩書きでもない。
失敗を引き受ける覚悟と、
それでも誰かを信じる意志。
王子と女神が、
初めて“対等”に並んだ夜の物語である。
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第五章 ドジっ子女神は、神だった
夜の風は冷たく、
崩れかけた城壁の石は昼の熱をすでに失っていた。
レオンはその上に腰を下ろし、
闇に沈む街を見下ろしていた。
昼間、民が片付けた瓦礫の山。
仮に整えられた通り。
まだ「国」と呼ぶには程遠いが、
確かに“人の営み”が戻り始めている。
その隣で、
アステリアは足をぶらぶらさせながら、夜空を見上げていた。
「……あなた、何者なんですか」
ぽつりと、レオンが言った。
「女神です!」
間髪入れず、胸を張る。
「それはもう聞きました」
「ひどい!」
アステリアは頬を膨らませたが、
すぐに空へ視線を戻した。
星は少ない。
この世界の空は、どこかくすんでいる。
「私はね」
少しだけ、声の調子が変わった。
「失敗担当なんです」
「……失敗?」
「うまくいかなかった世界。
滅びかけた国。
救われなかった人たち」
指先で、星をなぞる。
「そういう“やり直しが必要な場所”を担当する女神」
レオンは何も言わず、
ただ耳を傾けた。
「本当はね、派手な奇跡を起こす神様もいるんですよ?
勇者を呼んで、魔王を倒して、はいハッピーエンド、みたいな」
「……」
「でも、私はそういうの、苦手で」
苦笑い。
「だからいつも、ちょっとズレて、
ちょっと遅くて、
ちょっとドジ」
レオンは、初めて気づいた。
彼女の声に、ほんのわずかな疲れが混じっていることに。
「じゃあ……この国も?」
「ええ」
アステリアはうなずいた。
「このままだと、
いずれ完全に滅びる予定でした」
淡々とした口調。
だが、その事実の重さに、夜が一層静まる。
「それで、あなたを?」
「そう」
彼女はようやくレオンの方を見た。
「借金まみれで、
誰も味方がいなくて、
逃げても誰も責めなかったのに」
少し間を置いて。
「それでも、逃げなかった」
風が吹き、
彼の外套を揺らす。
「怒鳴らなかった。
奇跡を要求しなかった。
『どうすればいいか教えてくれ』って言った」
アステリアは、はにかむように笑った。
「そういう人、あんまりいないんです」
レオンは目を伏せた。
「立派な理由じゃありません」
「十分です」
きっぱりと。
「英雄じゃなくていい。
完璧じゃなくていい。
失敗しても、立ち上がる人が必要なんです」
しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。
遠くで、誰かの笑い声。
焚き火の爆ぜる音。
生きている音だ。
「……ドジでも?」
レオンが、少しだけ冗談めかして言った。
「ドジでも!」
アステリアは力強くうなずいた。
「私が証明です!」
レオンは、思わず微笑った。
「では」
彼は立ち上がり、女神に向かって手を差し出す。
「一緒にやりましょう」
「はい!」
勢いよく立ち上がり――
「わっ!?」
足を滑らせ、
前のめりに転びそうになる。
レオンが、反射的に腕を掴んだ。
「……」
「……」
二人の視線が絡む。
「い、今のなしで!」
慌てて体勢を整え、
アステリアは赤くなった顔をそむけた。
「……神様でも、転ぶんですね」
「転びます!
めちゃくちゃ転びます!」
少し間を置いて、
二人は同時に笑った。
夜空に、
小さく、だが確かな笑い声が響く。
この国は、まだ何も解決していない。
借金も、敵も、問題も山ほどある。
だがこの夜、
王子と女神は知った。
完璧な神はいらない。
完璧な王もいらない。
必要なのは、
失敗しても、共に立ち上がる覚悟だけだと。
そして――
この世界は、まだやり直せる。
神は救う存在だと、
人は信じたがる。
だが、救いとは
上から与えられるものではなく、
隣に座ることなのかもしれない。
ドジで、説明不足で、
それでも本気な女神。
借金まみれで、
何も持たず、
それでも逃げなかった王子。
二人が交わした約束は、
奇跡ではない。
だが――
奇跡よりも、ずっと壊れにくい。
この国の再建は、
まだ始まったばかりだ。
失敗の数だけ、
やり直せばいい。
神がそれを、
誰よりも信じているのだから。




