誘惑のあと
眠れない夜
あなたは自分に問いますか?
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誘惑のあと
――揺れた心の置き場所
その夜。
焚き火は小さく、
音を立てずに燃えていた。
誰も眠れず、
誰も話さない。
揺れたものは、
もう戻らないと知っていたからだ。
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最初に口を開いたのは、
剣士・ガイアスだった。
「……情けない話だ」
剣を膝に置いたまま、
視線を落とす。
「あのエルフを見た瞬間」
「誓いが、軽くなった」
誰も否定しない。
それが、
正直な告白だったから。
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魔術師リュシエルは、
焚き火を見つめたまま言う。
「私は」
「理屈で逃げようとした」
「興味」
「研究」
「魔力構造」
「全部、言い訳だ」
眼鏡の奥で、
目が伏せられる。
「……でも」
「加護が、止めてくれた」
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斥候ノアは、
短く息を吐いた。
「俺は」
「一番危なかった」
「“逃げ道”を計算しちまった」
「それが、彼女の用意した道だって」
「気づくまでに、半拍あった」
苦笑。
「公認の撤退加護が」
「逆に、踏みとどまらせるとはな」
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僧侶エレナは、
少し迷ってから言った。
「……私は」
声が、震える。
「癒せると思ったんです」
「彼女の孤独を」
沈黙。
「それが、傲慢だった」
「救いたい気持ちが」
「誰かを裏切る理由になるところでした」
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その時。
焚き火の向こうで、
小さく足音がした。
「……話してる?」
アステリアだった。
眠れなかったらしい。
「ごめんね」
「邪魔だった?」
誰も首を振らない。
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ガイアスが、
ゆっくりと頭を下げた。
「女神様」
「……私たちは」
「分かってるよ!」
アステリアは、
慌てて手を振る。
「負けてないでしょ?」
一瞬、
全員が顔を上げる。
「揺れたのは」
「生きてる証拠だから!」
彼女は、
焚き火のそばに座り込む。
ちょっと近すぎて、
僧侶が慌てた。
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「ね」
アステリアは、
指で地面をなぞる。
「誘惑ってさ」
「悪じゃないんだよ」
「でも」
「選ばなかったって事実が」
「その人を作るの」
誰も、反論しない。
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リュシエルが、
静かに言った。
「……では」
「今日の私たちは」
アステリアは、
にへっと笑った。
「ちょっとだけ」
「強くなった!」
ノアが鼻で笑う。
「高い代償だ」
「うん」
「でも、生きてる!」
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夜が更ける。
揺れた心は、
元の形には戻らない。
だが――
壊れもしなかった。
それぞれが、
自分の弱さを知ったからだ。
そして。
翌朝。
誰も、
エルフの森へは向かわなかった。
それが、
後日談のすべてだった。
さあ
眠りなさい
おやすみ
坊や
誰が坊ややねん




