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ドジっ子女神と借金だらけの王国へ  作者: マーたん


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レオニアが初めて「源吉」と呼ぶ回

女神「さあ始まりました!

   本日の主役は〜?」


王女「……源吉だ」


源吉「主役ちゃう!!

   ワイは裏方!名前呼ばれても裏方!!」


女神「でも最近さ〜

   源吉、元気じゃない?」


源吉「やめろ!!

   自分で言われると効き目落ちるんや!!」


王女「問題ない。

   もう定着した」


源吉「一番あかんパターンや!!」


——これは、

名前で呼ばれた結果、

逃げ道が一つ減った男の記録である。



レオニアが初めて「源吉」と呼ぶ回


夜の王城。

執務棟の灯りは、すでにほとんど落ちていた。


残っているのは一室だけ。


机に向かい、

帳簿をめくる音。


鴻池源吉は、

今日も最後まで残っていた。


「……よし」


数字を揃え、印を押し、

胃薬を一口。


「これで、今日も国は倒れへん」


その声は、誰に向けるでもない。


扉が、ノックもなく開いた。


「まだいたのか」


低く、落ち着いた声。


レオニアだった。


源吉は顔を上げずに答える。


「王女こそ」

「こんな時間まで、何かあったんですか」


「巡業後の報告書だ」

「読む価値がある」


「そらどうも」


いつものやり取り。

いつもの距離。


……のはずだった。


レオニアは、

源吉の机の前まで来ると、

帳簿の山を見下ろした。


「減っているな」


「ええ」

「胃薬が」


「違う」


「……予算か」


「両方だ」


源吉は苦笑した。


「細かいとこ、よう見てはりますな」


「仕事だからな」


一拍。


レオニアは、

いつもならそこで去る。


だが今日は、

椅子を引いて、向かいに座った。


「珍しいですね」

「王女が商人夫の席に」


「今は仕事の話ではない」


その一言で、

源吉はようやく顔を上げた。



「お前は」


唐突だった。


「なぜ、止まらない」


源吉は瞬きを一つ。


「止まったら」

「国が止まるからですわ」


「嘘だ」


即答だった。


「国は、止まらなかった」

「お前が一度引いた日もな」


源吉は言葉に詰まる。


「……それは」


「事実だ」


レオニアは、

感情を交えずに言った。


「お前がいなくても」

「一日は回った」


「二日目は、怪しかったがな」


源吉は、乾いた笑いを漏らす。


「ほな」

「まだ必要や、いう話ですか」


「違う」


レオニアは、少しだけ視線を落とした。


「必要なのは」

「“役割”ではない」


沈黙。


「……人だ」


源吉の手が、止まった。



「鴻池」


いつもの呼び方。


「お前が倒れたら」

「国は立て直せる」


「だが」


一拍。


その次の言葉が、

源吉の耳に残った。


「源吉」


呼び捨てでもなく、

役職でもなく。


ただの名前。


源吉は、

思わず息を止めた。


「……今」

「なんて?」


レオニアは、

逃げなかった。


「源吉」


もう一度。


「お前が倒れたら」

「誰が、あの女神を止める」


「誰が、民の前に立つ」

「誰が、私に“無理だ”と言う」


源吉は、

しばらく何も言えなかった。


やがて、

小さく笑った。


「……ずるいなぁ」


「王女」

「その呼び方」


「今まで」

「名前で呼ばれたこと、なかったんですよ」


「そうか」


「ええ」


源吉は、

眼鏡を外し、目元を押さえた。


「ほな」

「今日は、もう帰ります」


「珍しいな」


「名前で呼ばれた日は」

「残業せん、いう掟ができました」


レオニアは、

ほんのわずかに口角を上げた。


「合理的だ」



源吉は立ち上がり、

扉の前で振り返る。


「王女」


「なんだ」


「……ありがとうございました」


レオニアは答えない。


だが、源吉が去ったあと、

執務室の記録簿に、

短く書き足した。


鴻池源吉

本日、早退

問題なし


その横に、

誰にも見えないほど小さく、

こう添えられていた。


人名で呼ぶ必要あり


その夜、

商人夫は久しぶりに、

胃薬を飲まずに眠った。








――名前が残したもの


翌朝。


王城の廊下は、

いつもと何も変わらないはずだった。


だが、

一つだけ違った。


商人夫――

鴻池源吉が、

朝の鐘より早く来ていなかった。


秘書が首を傾げる。


「……まだ?」


兵士が囁く。


「昨日は早退やったらしいで」


その噂は、

風より早く広がった。



執務室。


アステリアは椅子に座り、

足をぶらぶらさせていた。


「商人夫、遅いね」


ミズハが腕を組む。


「源ちゃんが遅刻とか」

「世界終わる前兆たい?」


レオニアは書類から目を上げない。


「……終わらない」


「言い切った!」


そのとき、

扉が開いた。


「おはようございます」


鴻池源吉だった。


だが。


・目の下のクマが薄い

・背中が、ほんの少し伸びている

・胃薬を手に持っていない


アステリアが目を丸くする。


「え」

「生き返った?」


「失礼な!」


ミズハが顔を覗き込む。


「源ちゃん」

「昨日、寝た?」


「……寝ましたわ」


間。


「六時間」


沈黙。


次の瞬間。


「奇跡たい!!」


アステリアが拍手する。


「すごい!」

「奇跡使ってないのに!」


源吉は苦笑した。


「奇跡やない」

「名前の力や」


アステリアとミズハが、同時にレオニアを見る。


レオニアは、

何事もなかったように言った。


「報告は?」


「……はい」


源吉は、

帳簿を机に置いた。


「巡業後の予算」

「調整、間に合います」


「無理は?」


「……しません」


一瞬の間。


レオニアは、

ほんのわずかに頷いた。


「それでいい」



会議が終わったあと。


アステリアが、

源吉の袖を引く。


「ねえ商人夫」


「はい?」


「昨日さ」

「レオニア、なんて呼んだ?」


源吉は、

一拍置いてから答えた。


「……源吉、です」


アステリアの目が輝く。


「え」

「それ、特別?」


「特別ですわ」


「ずるくない?」


「ずるいです」


ミズハが腕を組んで唸る。


「うーん」

「名前呼びは強いたいねぇ」


「ミズハ様は」

「前から呼んでるやないですか」


「それとは違うたい!」



その日の夕方。


商人たちの間で、

新しい噂が流れた。


「聞いたか」

「王女が、商人夫を名前で呼んだらしい」


「まじで?」

「役職抜き?」


「……あの王女が?」


その噂は、

奇妙な効果を生んだ。


・無理な要求が一つ減り

・交渉の声が一段下がり

・「倒れる前に言え」という空気が生まれた


誰も気づいていなかった。


名前で呼ばれたことで、

“止まっていい人間”が一人、増えたことに。



夜。


源吉は、

執務室の灯りを落とし、

早めに帰路につく。


城門の前で、

足を止めた。


「……王女」


背後から、

声がした。


「何だ」


振り返ると、

レオニアが立っていた。


「今日も」

「問題はなかった」


「ええ」

「名前のおかげで」


レオニアは、少し考えてから言う。


「呼び方は」

「今後も変えない」


源吉は、

深く頭を下げた。


「……光栄です」


「誤解するな」


レオニアは、

真っ直ぐに言った。


「それは信頼ではない」


源吉は顔を上げる。


「では?」


「責任だ」


「……重いですね」


「背負えると判断した」


源吉は、

小さく笑った。


「ほな」

「背負わせてもらいます」


その背中を見送りながら、

レオニアは小さく呟いた。


「……倒れるなよ、源吉」


その声は、

誰にも聞こえなかった。


だが、

国は今日も、

少しだけ静かに回っていた。

















――名を呼ぶという統治


数日後。


王城の朝は、相変わらず騒がしかった。


書類は山になり、

女神は転び、

王女は睨み、

国はなぜか回っている。


だが、

一つだけ確実に変わったことがあった。


鴻池源吉が、無理を申告するようになった。



「……ここ、無理ですわ」


会議室。


源吉は、帳簿の一部を指で押さえた。


「三都市同時開催」

「人も金も足りません」


一瞬、空気が止まる。


以前なら、

誰かがこう言ったはずだ。


――なんとかしろ

――商人やろ

――お前しかおらん


だが、

その言葉は出なかった。


アステリアが首を傾げる。


「じゃあ、減らす?」


ミズハが頷く。


「減らそ!」

「全部やらんでよか!」


レオニアは、短く言う。


「判断は正しい」


源吉は、

一瞬、言葉を失った。


「……え」

「止めません?」


「止める理由がない」


「……前は?」


「前は」

「お前が言わなかった」


沈黙。


源吉は、

ゆっくりと息を吐いた。


「……名前呼ばれたの、効きますなぁ」


アステリアが笑う。


「ね?」

「名前ってすごいでしょ!」


「女神様が言うと」

「説得力ないですけど」



その日の午後。


商人ギルドから、

強引な要請が届いた。


「追加資金を回せ」

「王女命令だろう」


源吉は、

その書状をレオニアの前に置いた。


「……どうします?」


レオニアは、

一行読んでから、

紙を折った。


「拒否する」


「理由は?」


「無理だからだ」


「……それで通ります?」


「通す」


源吉は、

小さく笑った。


「強いなぁ」


「強いのではない」


レオニアは、

源吉を見た。


「“止まれる者”が増えた」

「それだけだ」



夕方。


アステリアは、

玉座の縁に座って足をぶらぶらさせていた。


「ねえ商人夫」


「はい?」


「名前で呼ばれるとさ」

「そんなに違う?」


源吉は、少し考えた。


「……役目じゃなくて」

「人として立っとる感じがします」


「ふーん」


アステリアは、

しばらく黙ってから言った。


「じゃあさ」


「?」


「私も呼ぼっかな」


源吉の背中が固まる。


「……やめてください」


「なんで!?」


「胃が耐えません」


ミズハが大笑いする。


「源ちゃん」

「それは重すぎるたい!」



その夜。


王城の記録係が、

新しい注記を加えた。


王国運営において、

個人名での呼称は、

業務効率と精神安定に寄与する可能性あり。


誰が書いたかは、

明記されていない。


だが、

筆跡は整っていて、

無駄がなかった。



城門を出る前。


源吉は、

振り返って王城を見上げる。


「……不思議な国やな」


奇跡に頼らず、

剣にも寄らず、

名前一つで空気が変わる国。


「せやけど」


小さく笑う。


「悪くない」


その背後。


誰もいないはずの回廊で、

レオニアが一人、呟いた。


「……働け、源吉」


だがその声には、

初めて――

命令ではない響きがあった。


国は今日も回っている。


今度は、

少しだけ人の速さで。















――名前の先にあるもの


翌週。


王城に、珍しい来客があった。


地方商会の代表。

肩書きだけは立派で、

声だけがやけに大きい男だ。


「王女殿!」

「この件、商人夫の独断と聞いておりますが!」


会議室の空気が、少しだけ張る。


源吉は、

一歩前に出ようとして――

止まった。


以前なら、

無意識に出ていた。


だが今日は違う。


レオニアが、

一歩前に出た。


「その認識は誤りだ」


「しかし!」


「判断は、私が承認している」


商会代表は言葉に詰まる。


「……では」

「鴻池殿は?」


レオニアは、

源吉の方を見た。


ほんの一瞬。


そして、

はっきり言った。


「源吉は、

国の都合で消耗させる存在ではない」


源吉の胸が、

わずかに痛んだ。


強くではない。

遅れて効く、静かな痛みだ。



会議後。


源吉は、

廊下でレオニアを呼び止めた。


「王女」


「何だ」


「……さっきの」

「言い過ぎやありませんか」


レオニアは歩みを止める。


「事実だ」


「ワイは」

「商人で、裏方で――」


「だからだ」


レオニアは、

源吉を正面から見た。


「前に出ない者ほど」

「守られねばならない」


沈黙。


源吉は、

しばらく黙ってから言った。


「……王女は」

「ほんまに、変わりましたな」


「変わったのではない」


「?」


「最初から、そう思っていた」


源吉は、

思わず吹き出した。


「それ」

「一番ずるいやつですわ」



その日の夜。


アステリアが、

廊下で二人を見かけた。


「ねえねえ」


「何だ」


「なんかさ」

「空気、変わってない?」


ミズハも頷く。


「変わっとるたい」

「源ちゃん、軽なった」


源吉は、照れたように咳払い。


「名前一つで」

「世界が変わるとは思いませんでしたわ」


アステリアは、

少し考えてから言う。


「じゃあさ」


「……またそれですか」


「源吉」


一瞬。


源吉の肩が、びくっと動く。


レオニアが、即座に言った。


「却下だ」


「ええ!?」


「その名は」

「軽く扱っていいものではない」


アステリアは口を尖らせる。


「ずるいー!」


ミズハが笑う。


「これは独占たいねぇ」


源吉は、

苦笑しながら頭を下げた。


「……すんません」

「ワイ、なんか守られてますわ」


レオニアは答えない。


だが、

背を向けながら一言だけ落とした。


「当然だ」



その夜、

王城の記録に、

また一行が増えた。


鴻池源吉

本日、会議中に前に出ず

判断は王女が実施

国政、円滑


小さな変化。

だが、確実なもの。


国は今日も回っている。


奇跡でもなく、

無理でもなく。


名を呼ばれた人間の速度で。


そして、

誰も気づいていない。


次に変わるのが、

誰なのかを…。

源吉「結論から言いますとね」


女神「うんうん!」


源吉「ワイ、今日も生きとります」


女神「すごーい!

   奇跡なしで!」


王女「評価は妥当だ」


源吉「基準が低すぎる!!」


女神「でもさ、

   源吉、倒れなかったでしょ?」


源吉「……まあな」


王女「それで十分だ」


源吉「重いわ!!

   さらっと言うな!!」


女神「はい次行こー!」


源吉「ちょ待て!?

   ワイの心の整理は!?」


王女「後回しだ」


源吉「王国運営みたいな扱いやめて!!」


——こうして今日も、

ツッコミ一人、

ボケ二柱、

国はなぜか回っている。


完璧じゃない。

だが、源吉は立っている。


※ 胃薬は常備

※ 名前呼びは逃げ場を奪う

※ 源吉は今日も限界一歩手前

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