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ドジっ子女神と借金だらけの王国へ  作者: マーたん


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王位返還宣言



前書き


神は、万能ではない。


奇跡は、便利だが、危うい。

頼れば頼るほど、人は立ち止まる。


この物語に登場する女神は、

完璧でも、威厳に満ちてもいない。


転び、噛み、失敗し、

それでも逃げなかった。


だからこそ――

人は、彼女を王と呼んだ。


これは、

神が人を救う話ではない。


神と人が、同じ地面に立つ話である。

王位返還宣言


国王(仮・人間側)は、一歩下がった。

それは退位の所作というより――役目を終えた者の距離だった。


深く、深く、頭を下げる。


「この国は、

 もはや“奇跡に依存する国”ではありません」


玉座の間に、言葉が落ちる。


誰もざわめかない。

反論も、安堵も、起きない。


それほどまでに、この国は――

奇跡を使い果たした後の現実を生きてきた。


「……うん」


アステリアの返事は短い。

だが、軽くはなかった。


「ですが」


国王(仮)は、顔を上げる。


「“奇跡を知っている存在”は、必要です」


「信仰の象徴としてではない」

「支配者としてでもない」


「――選択の重さを、知っている者として」


その瞬間。

女神アステリアの表情が、ほんのわずかだけ変わった。


いつもの、

転びそうで、

書類を逆さに持っていて、

場の空気を緩ませる笑顔ではない。


神だった頃の顔でもない。


ただの――

責任を理解してしまった者の顔だった。


「私ね」


アステリアは、ゆっくりと玉座を見上げる。


石の冷たさ。

長い歴史。

数え切れない選択の重み。


「完璧な王様はできないよ?」


自嘲でも、逃げでもない。

ただの事実確認だった。


「書類は間違えるし」


秘書が無言で頷く。


「演説で噛むし」


広報担当が目を逸らす。


「転ぶし」


衛兵が条件反射で前に出かけて、止まる。


「たぶん、またやらかす」


沈黙。


それを破ったのは、秘書だった。


「知っています」


即答だった。


迷いも、慰めもない。


「すでに全員、慣れています」


一瞬。

玉座の間に、かすかな笑いが漏れた。


誰かが笑ったのではない。

張り詰めていた覚悟が、少しだけ緩んだ音だった。


アステリアは、驚いたように瞬きをした。


「……慣れてる、の?」


「はい」


「対策マニュアルは第七版まであります」


「増えてる!?」


「転倒時用は、別冊です」


「別冊!?」


しかし――

そのやり取りの奥で、誰もが理解していた。


この女神は、

失敗する。


だが――

失敗したまま、逃げない。


国王(仮・人間側)は、最後にもう一度、深く頭を下げた。


「この国を、返します」


「あなたが守った国です」

「あなたが、壊さなかった国です」


アステリアは、しばらく黙っていた。


そして、小さく息を吸う。


「……じゃあ」


彼女は、少し困ったように笑う。


「完璧じゃない王様で、いい?」


誰も否定しなかった。


否定できる者は、

もうこの国にはいなかった。


こうして――

ドジっ子女神は、王位に戻った。


奇跡を使わない王。

だが、責任を手放さない王。


玉座の間の空気は、

神が降臨したときよりも、ずっと静かで、

ずっと重く、

それでも確かに――前を向いていた。



蜂須賀王女の一言


玉座の横。

半歩後ろではない。

半歩前でもない。


対等な位置に、彼女は立っていた。


腕を組み、背筋を伸ばし、

蜂須賀・レオニア・ヴェスパリアは、玉座の間を見渡す。


人間。

神。

商人。

重臣。


すべてを、獲物を見る目で。


「条件がある」


短い一言。


それだけで、空気が凍った。


誰も息を吸わない。

誰も咳払いをしない。


この王女が――

冗談を言わないことを、全員が知っていた。


「国は、人が動かす」


一歩も動かず、淡々と。


「神は、決断だけをする」


女神アステリアが、わずかに目を瞬かせる。


「余計なことはするな」


商人席の何人かが、反射的に背筋を伸ばした。


「致命的なことだけ止めろ」


刃物のように、言葉が並ぶ。


奇跡を振るな。

情で歪めるな。

救いすぎるな。


――だが。


滅びだけは、見過ごすな。


一拍。


この沈黙は、試すためのものだった。


「……できるか?」


王女の視線が、アステリアを射抜く。


神か。

王か。

それとも――ただのドジか。


アステリアは、すぐには答えなかった。


玉座を見て、

蜂須賀王女を見て、

震えている商人たちを見て。


そして――

にへっと笑った。


緊張感を、壊すように。


「それなら、できるかも!」


一瞬、場が理解に追いつかない。


「完璧に導くのは、無理だけど」


「全部助けるのも、無理だけど」


「……壊れそうになったら、止めるくらいなら」


肩をすくめる。


「私、そういうのは得意だから!」


沈黙。


次の瞬間――

商人たちが、一斉に震えた。


喜びではない。

恐怖でもない。


予測不能な制裁が、常に頭上にあると悟った震えだった。


蜂須賀王女は、口角をわずかに上げる。


それは笑みではない。

合格のサインだ。


「いいだろう」


「その役目、許可する」


女神と王女。


奇跡と現実。


支配ではなく、分業。

信仰ではなく、責任。


こうしてこの国は――

神を使わずに、神を置く国になった。


そして商人たちは、心の底から理解した。


この国で一番怖いのは、

王でも、女神でもない。


腕を組んで、条件を出す王女だ。





戴冠(やり直し)


玉座の間は、静まり返っていた。


二度目の戴冠式。

だが――誰一人、これを「やり直し」とは思っていない。


やっと、辿り着いた場所だった。


紅い絨毯の先。

玉座の前。


女神アステリアは、深呼吸をひとつして立っていた。


「……これ、前より重くない?」


「同じです」

秘書が即答する。


「え、じゃあ私が弱くなった?」


「精神的な重みです」

秘書は淡々と追い打ちをかけた。


冠が差し出される。


黄金と簡素さが同居した、

「神であり王である者」のための冠。


アステリアは両手で受け取った。


「わ、重っ――」


その瞬間。


カラン。


乾いた音が、玉座の間に響いた。


冠が、床に転がる。


「…………」


沈黙。


次の瞬間、アステリアは慌てて拾い上げた。


「あ、あの!今のはノーカンで!」


持ち上げ――


「わっ!」


カラン。


二度目。


今度は、少し遠くまで転がった。


「………………」


重臣たちは視線を逸らし、

商人たちは「これ記録に残る?」という顔をし、

兵士は必死に笑いを噛み殺している。


アステリアの手が、ぷるぷる震える。


「おかしいな……?昨日は大丈夫だったのに……」


三度目に持ち上げた、その瞬間――


そっと、支える手が添えられた。


蜂須賀・レオニア・ヴェスパリア。


王女は一言も発さず、

無言で、冠の下から支えた。


その手は、迷いがない。


刺すための手。

守るための手。


そして――

王を支える手だった。


アステリアは、ちらっと横を見る。


「……支えてもらう王様って、どうなの?」


小声。


だが、玉座の間にははっきり届いた。


レオニアは、即答する。


一切の感情を混ぜず。


「問題ない」


冠を安定させたまま、続ける。


「刺すより、平和だ」


一瞬の間。


そして――


笑いが、静かに広がった。


爆笑ではない。

嘲笑でもない。


「ああ、この国らしいな」という笑い。


冠は、今度こそ――

アステリアの頭に、収まった。


少し傾いているが、誰も直さない。


それでいいのだ。


秘書が宣言する。


「ここに、王位の返還を宣言する」


「女神アステリア――」


一瞬、間を置き、


「この国の王として、再び戴冠した」


拍手。


剣の柄で床を叩く音。


商人たちの、諦め混じりの拍手。


アステリアは、冠を押さえながら笑った。


「……転ばないよう、頑張ります」


レオニアが、腕を組む。


「転べ」


「ただし」


一歩、前に出る。


「致命的な方向には、行くな」


アステリアは、少し真面目な顔で頷いた。


「うん」


こうして――


この国の王は、

一人では立てず、だが必ず立ち上がる存在になった。


神であり、ドジであり、王である者。


そして玉座の横には、

常に腕を組んだ王女が立つ。


支えるために。

止めるために。


必要とあらば――

刺すために。


それを含めて、

この国は、今日から本当に動き出した。





新しい国王


こうして――

ドジっ子女神アステリアは、再び国王となった。


奇跡を振りまかない国王。

演説で噛み、書類を落とし、

廊下で転び、玉座に座るときも少しずれる。


だが――

逃げない国王だった。


問題が起きたとき、

まず隠れない。


責任が重いとき、

まず誰かに押し付けない。


「……一回、深呼吸してから考えよう?」


その一言で、暴走しかけた会議が止まることもあった。


民は気づいている。


この王は、

自分より強い者を恐れず、

自分より弱い者を切り捨てない。


王国の新しい標語は、

いつの間にか、ひっそり決まった。


「完璧じゃないが、見捨てない」


掲げたのは王ではない。

誰かが言い、

誰かが書き、

誰かが笑って、残った言葉だった。


そして――

玉座の裏。


誰にも見えない場所に、

小さく刻まれている文字がある。


※ 蜂須賀案件は別枠処理


それを見た商人は、必ず一度、黙る。


理由は誰も説明しない。

だが全員、理解している。


この国では――

奇跡よりも、王女の一言の方が重いということを。


玉座の横。

腕を組む蜂須賀・レオニア・ヴェスパリアは、今日も無言だ。


そして玉座の上。

冠を少し押さえながら、アステリアは呟く。


「……今日も、転ばなかったね」


秘書が即答する。


「廊下で一度」


「ノーカンで!」


笑いが起きる。


この国は今日も、

完璧ではない。


だが――

ちゃんと、前に進んでいる。


物語は、ここで終わらない。


だが、

国としての物語は――

ここから、ようやく始まった。



後書き


完璧な王は、物語の中にしかいない。


現実の国を動かすのは、

迷い、間違え、それでも引き返せる者だ。


ドジっ子女神アステリアは、

奇跡を封じ、責任を選んだ。


人は神にすがらず、

神は人を見捨てない。


その距離は、

遠すぎず、近すぎず――

支え合うには、ちょうどいい。


もしこの国が、

再び危機に陥ることがあるなら。


玉座の裏の、あの一文が

きっと思い出されるだろう。


※ 蜂須賀案件は別枠処理


それは冗談であり、

戒めであり、

この国が学んだ現実そのものだ。


物語を、ここまで読んでくれてありがとう。

この国は今日も、

完璧ではないまま、生きている。

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