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ドジっ子女神と借金だらけの王国へ  作者: マーたん


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37/51

商人の胃が死ぬ王女デート



結婚へといく


――刺さず、逃がさず、それでも選ばれた日


その決断は、

誰かに迫られたものではなかった。


王城の執務室。

書類は片づき、羽音も控えめだ。


源吉は、珍しく背筋を伸ばして立っていた。

胃は相変わらず死んでいるが、目だけは冴えている。


「……殿下」


「はい」


「今日の会議でな」


彼は、机に置かれた報告書を指さした。


「港の利率、全部下げた。

わしの判断や」


秘書が一瞬、驚いた顔をした。


「反対は?」


「そら、あった」


源吉は肩をすくめる。


「でもな、

王女の横に立つ人間が、

国を削って儲けてたら、話にならん」


王女は、黙って彼を見ていた。


「……殿下」


源吉は、少しだけ声を低くした。


「これ、契約の範囲外や」


「承知しています」


「それでも、やった」


沈黙。


オオスズメバチたちは、

まるで“判断を見守る”かのように静かだった。


王女は、ゆっくりと口を開く。


「では、確認します」


「はい」


「あなたは、

恐怖で縛られているのではありません」


「……せやな」


「利益のためだけでもありません」


「違う」


「逃げ道は、あります」


その言葉に、源吉は一瞬だけ驚いた。


「……あるんか」


「はい」


王女は、はっきり言った。


「今なら、

あなたが身を引いても、

私は刺しません」


その瞬間――

源吉の胃が、完全に沈黙した。


「……それ言われるの、

一番きついな」


彼は笑った。


「逃げ道見せられて、

それでも残るか、って話やろ」


王女は、答えない。


代わりに、待った。


源吉は、深く息を吸い――

膝を折った。


「蜂須賀・レオニア・ヴェスパリア殿下」


床に片膝をつき、

商人としてではなく、

一人の男として頭を下げる。


「わしは、

この国に縛られたいんやない」


王女の目が、わずかに揺れる。


「あなたの隣に、立ちたい」


静寂。


アステリアが、思わず口を押さえた。


「……言った……」


源吉は続ける。


「怖い。

今でも、めちゃくちゃ怖い」


「でしょうね」


「でもな」


彼は、顔を上げた。


「殿下が刺さん理由、

わしは知っとる」


「……」


「刺したら、

隣に立つ人間が消えるからや」


王女は、しばらく黙っていた。


そして――

ゆっくりと、源吉の前に立つ。


「立ってください」


源吉は従う。


「これは、命令ではありません」


王女は言った。


「確認です」


一歩、距離を詰める。


「恐怖ではなく」


さらに一歩。


「契約でもなく」


最後に、彼女ははっきりと言った。


「私を選びますか」


源吉は、即答しなかった。


だが、視線を逸らさなかった。


「……はい」


その一言で、

オオスズメバチたちが、

初めて完全な祝福の羽音を響かせた。


ブゥゥゥン――

それは、威嚇ではない。


王女は、手を差し出した。


「では」


源吉は、その手を取る。


「結婚しましょう」


「……はい」


その瞬間、

アステリアが堪えきれず叫んだ。


「えっ、ちょ、待って!?

プロポーズ、こんな静かでいいの!?」


王女は少し考え、


「派手なのは、苦手です」


源吉は苦笑した。


「わしは胃に優しい方がええ」


秘書が淡々と記録する。


「本日、

婚約は結婚へ移行。

威嚇行為なし。

刺傷ゼロ」


こうして――

人間オオスズメバチ王女は、

刺さずに伴侶を得た。


それは支配ではなく、

共に背負うという選択。


歴史書は、こう締めくくる。


この結婚は、

愛の物語ではない。

だが、信頼の物語である。


そして源吉の胃は――

その日も、

静かに死んでいた。



商人の胃が死ぬ王女デート


それは「デート」と呼ばれていた。


書類上は。


実態は――

公開処刑に近い市場視察だった。


朝の王都中央市場。

人で溢れ、声が飛び交い、香辛料と鉄と汗の匂いが混じる場所。


そこに。


「……殿下、これ、ほんまに行かなあかんやつですか」


関西商人・源吉は、すでに胃を押さえていた。


「当然です」


蜂須賀・レオニア・ヴェスパリア王女は、いつも通り冷静だ。


今日の装いは質素。

だが――背後の建物の屋根、柱、看板の影。


すべてにオオスズメバチが待機している。


「うわ……市場に虫が……」


「問題ありません」


王女は即答する。


「刺しません」


「それ昨日も聞いたわ!!」


周囲の民が、気づき始めた。


「あ……あれ、王女殿下ちゃうか?」

「隣の人、誰や?」

「……あの商人や」


ざわ、と空気が変わる。


源吉の胃が、音を立てて軋んだ。


「殿下……視線が……刺さってます……」


「当然です」


王女は一軒の野菜商の前で足を止めた。


「この店の仕入れ価格、三年前から不自然に上がっています」


店主が凍りつく。


源吉は反射的に言いかけた。


「そ、それは流通の都合で――」


「あなたの商会が、港を抑えた結果です」


王女の声は静かだ。


「違いますか?」


「…………」


源吉は、ゆっくり頷いた。


「……せや」


周囲が息を呑む。


王女は、店主に向き直る。


「今月から、正規価格に戻します」


「え……?」


「差額は、彼が補填します」


源吉が反射で叫ぶ。


「ちょ、殿下!?」


「婚約者です」


王女は微笑む。


「国のために、当然でしょう?」


店主は、震える声で頭を下げた。


「……ありがとうございます……」


その瞬間。


民の視線が変わった。


刺すような怒りから、

観察する目へ。


源吉は悟った。


(これ……デートちゃう……)

(公開矯正や……)


次の店。

肉屋。

鍛冶屋。

パン屋。


そのすべてで、

王女は「数字」を出し、

源吉は「覚悟」を出し続けた。


ついに。


源吉は市場の柱にもたれかかった。


「……あかん……胃が……」


「倒れますか?」


「倒れたら刺されるやろ」


「刺しません」


「信じられるかぁ!」


そこへ――


「あれ?デート中?」


ドジっ子女神アステリアが、串焼きを持って現れた。


「わあ、この匂い!

食べ歩き最高だね!」


「今それ言う!?」

「はい、これ」


アステリアは、源吉に串を差し出す。


「元気出るよ!」


「胃が死んでる人間に油は――」


源吉は、観念して一口食べた。


……うまい。


思わず、息が漏れる。


王女は、その様子を見て――

ほんの一瞬だけ、目を細めた。


「……あなた」


「なんや……」


「逃げませんね」


源吉は苦笑した。


「こんなん逃げたら、一生後悔するわ」


王女は頷いた。


「では、続けましょう」


源吉の胃は、完全に死亡した。


だが――

市場の空気は、確実に変わっていた。


恐怖だけではない。


監視される安心が、そこに生まれていた。


その日の夕方。


源吉は宿舎で布団に沈みながら呟いた。


「……これ、一生続くんか」


秘書が即答する。


「はい」


遠くで、羽音が優しく鳴った。


――それは、

逃げなかった者だけに許された音だった。


こうして、

商人の胃は死に、

王女の信頼は、わずかに積み上がった。


次に壊れるのは――

たぶん、源吉の心臓である。




王女デート・第二幕


――胃が死んだ後に、心が試される


夜。


市場視察の後、源吉は「今日は解散やろ」と思っていた。

思っていたのだが――


「こちらです」


王女が、何の前触れもなく進路を変えた。


「……殿下?」


「晩餐ではありません。散策です」


「もう胃に入る余地あらへんで……」


「食事ではなく、話です」


――それが一番怖い。


王都外れの旧庭園。

かつて王家の私的空間だった場所。


灯りは少ない。

だが、闇の奥で確実に羽音が見える。


源吉は、無意識に背筋を伸ばした。


「ここは……」


「かつて、財政が崩れた夜」


王女は立ち止まる。


「父王が、ここで数字を見ていました」


源吉は、言葉を失った。


「あなたの商会が、港を抑えた年です」


「……」


「責めません」


王女は、はっきり言った。


「それが商人の戦い方ですから」


源吉は、拳を握った。


「でもな」


彼は、初めて真正面から王女を見た。


「殿下は、違う戦い方しとる」


「そうでしょうか」


「逃げ道、残しとる」


王女は、わずかに首を傾げた。


「私は、逃がしません」


「せやけど」


源吉は笑った。


「刺さん」


一瞬、風が止まる。


王女の目が、ほんの少しだけ揺れた。


「……どうして、そう思うのですか」


「刺したら、終わるからや」


源吉は、静かに続けた。


「殿下がやっとるんは、

生かして、働かせて、

二度と同じことさせへん方法や」


王女は、しばらく黙っていた。


オオスズメバチたちも、羽音を抑えている。


「……あなたは」


「はい」


「逃げたくなりませんか」


源吉は、即答しなかった。


しばらく考え――


「胃は死んだ」


「心臓も、だいぶ怪しい」


「けどな」


彼は、笑った。


「この国が持ち直す瞬間を、

一番前で見れるなら……

安いもんや」


王女は、初めて。


完全に、笑った。


威嚇でも、管理でもない。

人としての笑み。


「……では」


王女は、手を差し出した。


源吉は固まった。


「え?」


「散策です」


「手……?」


「婚約者ですから」


遠くで、アステリアが木の陰からひそひそ。


「きた……!」

「声出さないでください!」


源吉は、恐る恐るその手を取った。


――刺されない。


羽音は、穏やかだった。


その夜、源吉は悟る。


(あかん)

(胃どころか、人生ごと捕まっとる)


だが、それは悪い捕まり方ではなかった。


逃げられない代わりに、

意味のある場所に立たされる捕まり方だった。


王女は言った。


「明日は、契約書です」


「はい……」


「百二十七ページ」


「殺しにきとるやろ……」


王女は、くすりと笑った。


こうして――

王女デートは、

恐怖から、責任へ。

責任から、信頼へ。


……そして源吉の胃は、

二度と完全には回復しなかった。




王女デート・第三幕


――契約より重い、一言


翌朝。


源吉は、王城の執務棟の前で立ち尽くしていた。

分厚い契約書の束を抱え、胃薬を三種類飲み、覚悟も飲み込んでいる。


「……百二十七ページて、拷問やろ」


「拷問ではありません」


隣で王女が淡々と答える。


「合意です」


「それを拷問言うんや……」


執務室に入ると、机の上には

・財政再建計画

・流通改革案

・商会解体と再編の工程表


逃げ道は、文字通り一行もない。


源吉は椅子に座り、深く息を吸った。


「……殿下」


「はい」


「一つだけ、聞いてええか」


王女は頷いた。


「わしがこれ全部飲み込んだら……

殿下は、わしをどうするつもりや」


室内が静まる。

羽音も、聞こえない。


王女は、書類から目を上げた。


「使い潰すと思いますか?」


「正直に言うと……

半分は、そう思っとる」


王女は否定しなかった。


「可能性はあります」


源吉は苦笑した。


「正直やなぁ……」


「ですが」


王女は続ける。


「私は、壊れたものを捨てません」


「……」


「直せるものは、直します」


「直らん場合は?」


一拍。


「直るまで、隣に置きます」


源吉は、しばらく黙ったあと――

ペンを取った。


だが、署名しない。


代わりに、こう言った。


「条件、追加してええか」


秘書が顔を上げる。

アステリアがひそっと身を乗り出す。


「内容次第です」


王女は即答した。


「もしな」


源吉は、まっすぐ王女を見る。


「わしが途中で逃げたくなったら、

殿下は……

ちゃんと止めてくれ」


「……」


「脅しでも、理屈でも、

この国の現実でもええ」


「わしは、自分一人やと、

逃げる商人や」


王女は、ゆっくり立ち上がった。


そして――

机越しではなく、同じ高さに立つ。


「約束します」


静かな声。


「あなたが逃げようとしたら、

私は必ず、あなたの前に立ちます」


「刺さずに?」


「刺さずに」


源吉は、息を吐いた。


「……それなら、ええ」


彼は、契約書の最後に署名した。


ペン先が紙を離れた瞬間――

遠くで、羽音が祝福のように響いた。


アステリアが小さく拍手する。


「わあ……

これ、恋じゃないのに、

一番ロマンあるやつだ……」


秘書は冷静に言った。


「恋ではありません。共犯です」


源吉は立ち上がり、深く頭を下げた。


「蜂須賀・レオニア・ヴェスパリア殿下」


「はい」


「わしは今日から――

逃げ場のない商人や」


王女は、初めてはっきりと言った。


「ええ」


「それでいい」


その日、王城の記録にはこう残る。


商会代表・源吉、

王女直属の財政再建責任者に就任。

なお、本人の胃は完全に沈黙。


王女デートは、

ここで一区切りを迎える。


次に始まるのは――

王女と商人が“同じ敵”を見る段階。




結婚へといく


――刺さず、逃がさず、それでも選ばれた日


その決断は、

誰かに迫られたものではなかった。


王城の執務室。

書類は片づき、羽音も控えめだ。


源吉は、珍しく背筋を伸ばして立っていた。

胃は相変わらず死んでいるが、目だけは冴えている。


「……殿下」


「はい」


「今日の会議でな」


彼は、机に置かれた報告書を指さした。


「港の利率、全部下げた。

わしの判断や」


秘書が一瞬、驚いた顔をした。


「反対は?」


「そら、あった」


源吉は肩をすくめる。


「でもな、

王女の横に立つ人間が、

国を削って儲けてたら、話にならん」


王女は、黙って彼を見ていた。


「……殿下」


源吉は、少しだけ声を低くした。


「これ、契約の範囲外や」


「承知しています」


「それでも、やった」


沈黙。


オオスズメバチたちは、

まるで“判断を見守る”かのように静かだった。


王女は、ゆっくりと口を開く。


「では、確認します」


「はい」


「あなたは、

恐怖で縛られているのではありません」


「……せやな」


「利益のためだけでもありません」


「違う」


「逃げ道は、あります」


その言葉に、源吉は一瞬だけ驚いた。


「……あるんか」


「はい」


王女は、はっきり言った。


「今なら、

あなたが身を引いても、

私は刺しません」


その瞬間――

源吉の胃が、完全に沈黙した。


「……それ言われるの、

一番きついな」


彼は笑った。


「逃げ道見せられて、

それでも残るか、って話やろ」


王女は、答えない。


代わりに、待った。


源吉は、深く息を吸い――

膝を折った。


「蜂須賀・レオニア・ヴェスパリア殿下」


床に片膝をつき、

商人としてではなく、

一人の男として頭を下げる。


「わしは、

この国に縛られたいんやない」


王女の目が、わずかに揺れる。


「あなたの隣に、立ちたい」


静寂。


アステリアが、思わず口を押さえた。


「……言った……」


源吉は続ける。


「怖い。

今でも、めちゃくちゃ怖い」


「でしょうね」


「でもな」


彼は、顔を上げた。


「殿下が刺さん理由、

わしは知っとる」


「……」


「刺したら、

隣に立つ人間が消えるからや」


王女は、しばらく黙っていた。


そして――

ゆっくりと、源吉の前に立つ。


「立ってください」


源吉は従う。


「これは、命令ではありません」


王女は言った。


「確認です」


一歩、距離を詰める。


「恐怖ではなく」


さらに一歩。


「契約でもなく」


最後に、彼女ははっきりと言った。


「私を選びますか」


源吉は、即答しなかった。


だが、視線を逸らさなかった。


「……はい」


その一言で、

オオスズメバチたちが、

初めて完全な祝福の羽音を響かせた。


ブゥゥゥン――

それは、威嚇ではない。


王女は、手を差し出した。


「では」


源吉は、その手を取る。


「結婚しましょう」


「……はい」


その瞬間、

アステリアが堪えきれず叫んだ。


「えっ、ちょ、待って!?

プロポーズ、こんな静かでいいの!?」


王女は少し考え、


「派手なのは、苦手です」


源吉は苦笑した。


「わしは胃に優しい方がええ」


秘書が淡々と記録する。


「本日、

婚約は結婚へ移行。

威嚇行為なし。

刺傷ゼロ」


こうして――

人間オオスズメバチ王女は、

刺さずに伴侶を得た。


それは支配ではなく、

共に背負うという選択。


歴史書は、こう締めくくる。


この結婚は、

愛の物語ではない。

だが、信頼の物語である。


そして源吉の胃は――

その日も、

静かに死んでいた。

恐怖は秩序を生む。

だが、恐怖だけでは未来を作れない。


この結婚に祝福の鐘は鳴らなかった。

代わりに鳴ったのは、

威嚇ではない羽音と、

静かな承認だった。


王女は支配者ではない。

商人は従属者でもない。

神は介入しなかった。


それでも国は、

確かに安定した。


逃げられる状態で残る。

それを選び続ける。


それが、この結婚の本質であり、

この国の再建の形だった。


――そして今日も、

誰も刺されていない。


だが、

誰一人として、

軽くは生きていない。

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