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ドジっ子女神と借金だらけの王国へ  作者: マーたん


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36/51

オオスズメバチ王女と商人が婚約する

祝福とは、拍手の数では決まらない。

逃げ場のない沈黙と、

断れない微笑みの前で、

人はようやく本音を思い出す。


これは恋の物語ではない。

だが、契約だけの話でもない。


恐怖と責任と覚悟が、

一つの席に並べられた夜。


その食卓に座った者は、

もう元の立場には戻れない。


――これは、

刺さないが、逃がさない王女が選んだ

婚約の始まりである。



オオスズメバチ王女と商人が婚約する


王都は、かつてない沈黙に包まれていた。


理由は単純だ。


玉座の前に立つ王女――

いや、人間オオスズメバチ王女の背後で、

巨大な羽音が低く、確実に響いていたからだ。


「……で、わしを呼び出して、何の冗談や?」


関西訛りの傲慢商人・源吉は、汗をかきながらも笑おうとした。

だが、目が笑っていない。


「冗談ではありません」


王女は静かに言った。

声は澄んでいるのに、逃げ場がない。


「我が国の流通、金融、港湾。

あなたの商会は、深く関わりすぎている」


「それは商人として当然やろ?

儲けてナンボや」


その瞬間。


ブゥゥゥン――


背後のオオスズメバチたちが、一斉に羽を震わせた。

床の空気が、震えた。


源吉は一歩、無意識に下がった。


「……話、続けよか」


王女は頷く。


「あなたは奪う側でした。

民から、国から、弱い立場から」


「せやけどな」


源吉は歯を食いしばった。


「わしは神やない。

慈善事業家でもない。

生き残るために、やってきただけや」


その言葉に、

ドジっ子女神アステリアが思わず口を挟む。


「……でも、踏み潰していい理由にはならないよ」


「せやな」


源吉は、意外にも素直に認めた。


「だから、覚悟はしとる」


場がざわつく。


王女は、ゆっくりと歩み寄った。


「ならば、条件を提示します」


「条件?」


「あなたは、この国から逃げられません」


「……は?」


「私と婚約してください」


一瞬、時間が止まった。


「はぁぁぁぁ!?」


源吉の叫びが、玉座の間に反響する。


「ちょ、ちょ待て!

なんでそうなるんや!!」


「あなたの財と影響力は、国に必要です」


「ほな国に寄付すれば――」


「信用できません」


王女は一切の感情を込めず言った。


「だから、私の隣に縛ります」


アステリアが小声で。


「……怖いよ、この王女……」


秘書が震えながらメモを取る。


「なお、裏切った場合」


王女が指を鳴らす。


ブンッ!!


一匹のオオスズメバチが、

源吉の鼻先一寸で停止した。


「……刺しません」


「刺さんでも十分怖いわ!!」


「ですが」


王女は、ほんの少しだけ微笑んだ。


「共に国を支えた場合、

あなたの商会は守られ、

あなたの才は正当に評価されます」


源吉は、長い沈黙の末――

深く、深く、頭を下げた。


「……負けや」


「完敗や」


「こんな婚約、聞いたことあらへん」


王女は答えない。


ただ、背後の羽音が、少しだけ和らいだ。


こうして――

史上初の、


「国家安定目的・威嚇付き政略婚約」


が成立した。


王都の噂は、三日三晩止まらなかった。


そして誰もが知ることになる。


この国で一番怖いのは、

神でも、王でも、商人でもない。


刺さないが、逃がさない王女であることを。


——人間オオスズメバチ王女の時代は、

確実に、次の段階へ進んだ。





蜂須賀はちすか・レオニア・ヴェスパリア


――人間オオスズメバチ王女


人であり、

群れを率い、

刺さずに国を支配する者。


彼女は力を誇示しない。

だが、その背後にある羽音が、

誰にも「逃げ道」を与えない。


奇跡に頼らず、

神に縋らず、

商人を恐怖と契約で縛り、

国を前へ進める王女。


歴史書はこう記す。


「彼女が玉座に立った日、

国は初めて“安定”という言葉を思い出した」





婚約後の地獄の晩餐会


晩餐会は、祝福の名を借りた処刑場だった。


王城大広間。

白いクロス。銀の食器。香辛料の匂い。

そして――天井付近を占拠する、無数の羽音。


ブゥゥゥゥゥン……


「……あの、殿下」


関西商人・源吉は、笑顔を作ったまま一歩も動けずにいた。


「今日は、その……祝いの席、です、よな?」


蜂須賀・レオニア・ヴェスパリア王女は、ゆっくりとナイフを置いた。


「ええ。婚約を祝う晩餐会です」


にこり。


その微笑みが、逆に怖い。


「ただし」


王女は視線をずらさず続ける。


「この席は、過去を清算する場でもあります」


ざわり、と空気が揺れた。


貴族たち。商会の幹部。各地の利権屋。

誰一人として、フォークを口に運べていない。


ドジっ子女神アステリアは小声で秘書に囁く。


「ねえ……これ、祝宴っていうか……」

「黙って食べてください。刺されます」


「刺さないって言ってなかった?」

「“今日は”とは言ってません」


源吉は、喉を鳴らした。


「……殿下。わし、ちゃんと国のために――」


「知っています」


王女は即答した。


「あなたが関わった裏取引。

不当な利率。

兵糧買い占め。

三年前の港湾封鎖」


一つ言うごとに、

一匹ずつ、オオスズメバチが源吉の背後に降りてくる。


「……全部、覚悟の上や」


源吉は、ついにフォークを置いた。


「刺すなら、刺してくれ」


一瞬、広間が凍りつく。


だが――


「刺しません」


王女は言った。


「あなたは、死ぬより厄介な罰を受けます」


「……なんや、それ」


「生きて、正しく働く」


その言葉に、

一部の貴族が目を伏せた。


「あなたは婚約者です」


王女は淡々と続ける。


「逃げれば、国が追います。

裏切れば、民が知ります。

功を立てれば、正当に讃えます」


源吉は、苦く笑った。


「……一番、商人殺しな契約やな」


「理解が早くて助かります」


王女は、グラスを掲げた。


「では」


一瞬、羽音が止まる。


「国の再建と、

あなたの更生に――」


静かに、しかし確実に。


「乾杯」


恐る恐る、グラスが触れ合う。


カラン。


その音を合図に、

オオスズメバチたちは天井へ戻っていった。


……ようやく、誰かが息を吐いた。


アステリアがぽつり。


「ねえ、これ普通の婚約?」

「違います」

「だよね……」


こうして――

祝われていないのに、誰も反対できない婚約は、

正式に王国中へ知らされることになる。


後に人々は語る。


「あの日の料理の味は、誰も覚えていない」

「だが、あの羽音だけは、一生忘れられない」


それが、

人間オオスズメバチ王女の晩餐会だった。





晩餐会、閉幕後


最後の皿が下げられても、

誰一人として立ち上がらなかった。


それは礼儀ではない。

許可が出ていなかっただけだ。


「本日の晩餐は、これで終わりです」


蜂須賀・レオニア・ヴェスパリア王女の一言で、

ようやく貴族たちは椅子から浮き上がるように退出していく。


誰も目を合わせない。

誰も背を向ける速度が異様に速い。


……そして。


広間に残ったのは、四人だけだった。


王女。

関西商人・源吉。

ドジっ子女神アステリア。

そして、秘書。


「……」


重い沈黙。


源吉は、そろそろと口を開いた。


「その……殿下」


「はい」


「わしら、これから……どないな関係になるんや」


王女は、少し考えるように首を傾けた。


「公的には、婚約者」


「私的には?」


「監査対象」


源吉は吹き出しかけて、咳き込んだ。


「き、きついなぁ……」


「安心してください」


王女は静かに言う。


「私は、感情で裁きません」


「それが一番怖いんやけど」


その時。


アステリアが、空気を読まずに手を挙げた。


「あの!質問いいですか!」


三人が同時に見る。


「えっと……婚約って、デートとか……するんですよね?」


一瞬。


王女の背後で、羽音がわずかに高くなった。


「……必要であれば」


「え、必要!?」


源吉の声が裏返る。


「そ、それ命がけちゃう!?」


「逃げませんよね?」


王女の微笑みは、晩餐会よりも柔らかい。

――だが、逃げ道はない。


「に、逃げへん!

逃げへんから、その……段階を踏もうや!」


「段階?」


「せや!まずは……」


源吉は必死に考える。


「……視察!」


「視察?」


「街!市場!民の声!

婚約者として、国を知るための――」


秘書が小さく頷いた。


「合理的です」


アステリアもぱっと笑顔になる。


「わあ!おでかけだ!」


王女は、少しだけ考え――


「……では、明朝」


「はっや!!」


「逃げる時間は不要でしょう?」


「……ああ、もう……」


源吉は天井を仰いだ。


(神より怖い王女と、

神そのものと、

胃が死ぬ視察デート……)


王女は立ち上がり、最後に告げる。


「覚えておいてください、源吉」


「はい……」


「私は刺しません」


一拍。


「ですが、逃げ切れると思った瞬間に、終わりです」


源吉は、深く頭を下げた。


「……一生、逃げへんわ」


その言葉に、

オオスズメバチたちは、初めて完全に羽音を止めた。


こうして始まる――

王女と商人の、最も危険な“婚約期間”。

晩餐会は終わった。

だが、処理されたのは料理だけだ。


残ったのは、

背負わされた役割と、

逃げられなくなった関係。


王女は支配者ではない。

商人は被害者でもない。

神は救いを与えなかった。


それでも国は、

確かに一歩、前へ進んだ。


恐怖は、時に秩序となる。

だがそれを振るう者に

迷いがないとは限らない。


次に始まるのは、

玉座ではなく、街角での試練。


民の視線の中で、

この婚約が「正解」だったのかどうかが、

静かに試されていく。


――羽音は止んだ。

だが、監視は終わっていない。


物語は、ここから

より日常に近い地獄へ進む…。

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