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ドジっ子女神と借金だらけの王国へ  作者: マーたん


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毒オオスズメバチを味方につける日

この物語は、

剣でも、奇跡でも、

ましてや完璧な神様でも始まらない。


借金だらけの国と、

ドジを踏み続ける女神と、

少し偉そうで、かなり自己中心的で、

それでも最後には誰よりも「立つ」ことを選んだ人々の話だ。


そして――

刺さないが、逃がさない。


そんな矛盾を抱えた王女が生まれるまでの、

長くて、騒がしくて、

時々笑えて、時々怖い物語。


ページをめくるあなたもまた、

その羽音を、どこかで聞くことになるだろう。



毒オオスズメバチを味方につける日


――商人、静かに引く


それは、

鴻池が「王国の物流拠点を視察したい」と言い出した日のことだった。


「倉庫、街道、港。

全部見せてください」


「……構いませんが」

秘書は念を押す。


「本当に“全部”ですよ?」


「商人やさかい」


その時点で、

嫌な予感はしていた。


案内されたのは、

城下から少し外れた森沿いの倉庫群。


「ここ、使いにくいやろ」

鴻池は言う。


「立地も悪いし、危ない」


「危ない、とは?」

国王が聞く。


鴻池は、森の奥を指差した。


「オオスズメバチの巣」


一同、凍る。


「……え?」


秘書が即座に反応する。


「それは把握しています!

だから近づかないように――」


「潰した方がええ」

鴻池は軽く言った。


「物流の邪魔や」


その瞬間。


「だめ」


アステリアだった。


声は小さいが、

妙に芯がある。


「だめ?」


「だめ」


もう一度。


「彼らは、敵じゃない」


鴻池は思わず笑った。


「女神さん、

さすがにそれは――」


森が、ざわりとした。


低い羽音。


ブゥゥゥゥン――


「……聞こえます?」


アステリアは森に向かって言った。


「今日は、危ない話が出てる」


次の瞬間。


黒と黄色の影が、

木々の間から現れた。


巨大なオオスズメバチ。


一匹、二匹――

いや、群れ。


兵士が剣に手をかける。


「待って」


アステリアは、

一歩前に出た。


「この国は、

あなたたちの森を壊さない」


羽音が、止まる。


鴻池は、言葉を失った。


「……なに、これ」


ノクスが淡々と言う。


「毒オオスズメバチ。

人を見分ける」


「見分ける!?」


「敵か、そうでないか」


アステリアは、静かに続ける。


「倉庫は、

人が近づかない場所にする」


「その代わり」


彼女は、森を見た。


「この国を荒らす者が来たら、知らせて」


一瞬の沈黙。


次の瞬間――

一匹のスズメバチが、

アステリアの肩に止まった。


鴻池の顔が、完全に引きつる。


「……味方、なん?」


アステリアは小さく笑った。


「中立だけど、

敵じゃない」


「それを世間では――」


鴻池は、ゆっくり後ずさる。


「味方言うねん」


国王は呟いた。


「……国防が、生態系依存に」


秘書は震える声で言う。


「予算、かかりませんね……」


「せやけどな」


鴻池は、真顔になった。


「この国、

金より怖いもん持っとる」


アステリアは首を傾げる。


「なに?」


鴻池は、はっきり言った。


「自然と、信頼と、怒る女神」


その場に、

妙な沈黙が落ちる。


やがて鴻池は、深く息を吐いた。


「……わてな」


「?」


「この国、

無理に買う気、なくなってきた」


秘書が即座に聞き返す。


「それは、撤退ですか?」


鴻池は首を振った。


「ちゃう」


森を見る。


「共存や」


オオスズメバチの羽音が、

低く、しかし穏やかに響いた。


その日、

王国は新たな防衛手段を得た。


城壁でも、軍でもない。


――怒らせると、森ごと敵に回る国。


商人は、

それを帳簿に書かなかった。


書けなかった。


なぜなら――

その価値は、

数字に変換できなかったからだ。




森が祝福した日


――素晴らしき王女の誕生


それは、

オオスズメバチが王国の「沈黙の守り」となってから、

ちょうど一年目の夜だった。


城は静まり返っていた。


玉座の間でも、

財務局でも、

あの関西商人すら口を閉じている。


理由はひとつ。


「……産まれる」


王妃の陣痛が、

始まっていた。


だが、その夜――

異変は城の中だけではなかった。


森が、ざわめいた。


風が止み、

月が雲から顔を出す。


そして、

あの羽音。


ブゥゥゥゥン――


城壁の外、

木々の上空を、無数のオオスズメバチが円を描くように舞っていた。


兵士が青ざめる。


「敵襲か!?」


「違う」


アステリアが、即座に否定した。


「……祝ってる」


「祝う?」


女神は、そっと微笑んだ。


「この国の“次”を」


その瞬間。


城の奥から――

産声が響いた。


力強く、

迷いのない声。


「……女の子です!」


助産師の声に、

国王はその場に崩れ落ちた。


「王女……!」


だが次の瞬間、

皆が言葉を失う。


赤子が――

泣き止んだのだ。


代わりに。


小さな手を、

ぎゅっと握りしめる。


まるで――

空気を掴むように。


ブゥン。


窓の外、

一匹のオオスズメバチが、

そっと高度を下げた。


王女の視線が、

まっすぐそこを見る。


「……目、合ってます」


秘書が震え声で言った。


その瞬間。


赤子が、

にっこり笑った。


同時に、

森の羽音が一斉に鳴り止む。


静寂。


そして、

どこからともなく漂う、

花と土の匂い。


アステリアは、確信した。


「……この子は」


彼女は、静かに告げる。


「恐怖で支配しない」


「でも――」


「怒らせたら、終わる」


国王は、ごくりと唾を飲んだ。


「それは……」


ノクスがぼそりと言う。


「オオスズメバチと同等」


その通りだった。


この王女は、

剣を振らず、

奇跡もばら撒かない。


だが――

存在そのものが抑止力。


泣かない代わりに、

周囲の空気を変える。


無理をする者が、

近づけない。


嘘をつく者が、

落ち着かない。


そして――

守ると決めたものには、

森が、国が、黙って味方する。


関西商人・鴻池は、

後日こう呟いた。


「……あかん」


「この国、

次の世代の方が怖い」


王女は名付けられた。


セリス・アウレリア


意味は――

「群れを導く光」。


その夜、

森は静かだった。


オオスズメバチたちは、

巣に戻り、眠りにつく。


安心したように。


――守るに値する

未来が、産まれたから。


そしてアステリアは、

小さく肩を落として言った。


「……あの」


「私より、強くない?」


王女は、

まるで答えるように――


もう一度、

にっこり笑った。


女神は悟った。


この国は、もう神だけのものじゃない。


次は、

王女の時代だ。




王女の時代だ


――人間オオスズメバチ王女の誕生


王都の朝は、いつもより静かだった。


鐘は鳴っている。

市場も開いている。

だが、人々はどこか空を気にしていた。


羽音が、しない。


それは不安ではなく――

安心だった。


「……本当に、あの子が生まれてからだな」


老兵が呟く。


「森が荒れなくなった」

「商人が、強引な値を吹っかけなくなった」

「怒鳴る貴族が減った」


誰も口にはしないが、

皆、知っている。


王女が、そこに“いる”だけで

世界の振る舞いが変わったのだ。


城の奥、

日差しの差し込む小さな庭。


揺り籠の中で、

セリス・アウレリア王女は、

静かに目を開いていた。


泣かない。

叫ばない。


ただ――

じっと、周囲を見る。


視線が向く先では、

兵士が背筋を正し、

官僚が書類を持つ手を止める。


理由は分からない。


だが、

誤魔化せない。


「……やっぱり、刺されそうな気がする」


秘書が小声で言う。


「刺さないわよ」

アステリアは苦笑した。


「でも――」


女神は王女を見つめる。


「この子は、“警告”を飛ばしてるだけ」


そのとき。


庭の端、

花壇の上に、一匹のオオスズメバチが降り立った。


誰も動かない。


王女が、

ゆっくりと小さな手を伸ばす。


触れない。

掴まない。


ただ、

指を向ける。


ブゥン――


オオスズメバチは羽音を鳴らし、

一礼するように旋回し、森へ戻った。


沈黙。


次の瞬間、

庭にいた全員が、同時に理解した。


この王女は――

命じていない。


支配もしていない。


**“線を引いただけ”**だ。


ここから先は、

越えるな、と。


国王は、深く息を吸い、

静かに言った。


「……もう」


「剣の時代ではないな」


ノクスが続ける。


「奇跡の時代でもない」


アステリアは、少し寂しそうに、

けれど誇らしげに頷いた。


「ええ」


「今、始まったのは――」


彼女は、王女に向かって微笑む。


「共存と抑止の時代」


「人でありながら、

 オオスズメバチのように在る王女の時代」


セリス王女は、

その言葉が分かったわけではない。


だが――

まるで納得したかのように、瞬きをした。


この国はもう、

無理に信仰で縛られない。


恐怖で支配されない。


だが、

覚悟のない者には、近づけない。


そういう世界。


人々は、後にこう語る。


「あの日からだ」


「王女が産まれた瞬間から――

この国は、刺さないが、逃がさない国になった」


王女の時代だ。


人間オオスズメバチ王女の誕生は、

革命ではなかった。


ただ――

世界の“態度”が変わっただけだ。


それが、

最も恐ろしく、

最も美しい変化だった。

神は、万能ではなかった。

人も、清らかではなかった。


それでも世界は、

意外と壊れずに続いていく。


ドジっ子女神は今日も転び、

商人は文句を言い、

お嬢様は予算をドレスに変え、

王と秘書は頭を抱える。


そして王女は――

まだ何も命じない。


ただそこに在り、

越えてはいけない線を、静かに示すだけだ。


もしこの物語を読み終えたあなたが、

「強さとは何か」を少し考えたなら、

それはきっと、

オオスズメバチの羽音が聞こえた証拠だ。


王女の時代は、もう始まっている。

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