お嬢様、予算会議をファッションショーに変える
戦争は、剣で始まるとは限らない。
多くの場合、
それは「誤解」と「面子」と
ほんの少しの意地から生まれる。
だからこそ、
それを止める方法もまた、
必ずしも剣である必要はない。
この王国には、
常識から一歩外れた者たちがいる。
神でありながら失敗ばかりする者。
権力を持ちながら胃を痛める者。
そして――
自分が世界の中心だと疑わないお嬢様。
彼女は知らない。
外交の教科書も、戦争の作法も。
だが、
「どう見られるか」だけは、
誰よりも正確に理解している。
これは、
そんな歪な才能が
剣を抜かずに戦場を封じた日の記録である。
⸻
お嬢様、予算会議をファッションショーに変える
王国予算会議の日は、
例年、王城でもっとも空気が重くなる日だった。
重臣たちは数字に追われ、
財務官は目の下に隈を作り、
国王は胃薬を机に並べる。
――はずだった。
「遅くなりましたわ」
その声が響いた瞬間、
すべてが崩れた。
会議室の扉が開き、
現れたのは――
全身、金糸刺繍の純白ドレスに身を包んだお嬢様だった。
「……」
「……?」
「……え?」
一同、沈黙。
国王が恐る恐る口を開く。
「お嬢様……今日は、その……予算会議で……」
「ええ、承知しておりますわ」
お嬢様は微笑み、
くるりと一回転した。
スカートが広がる。
「ですから、こちらをご覧になって?」
「なにを!?」
秘書が叫ぶ。
「今年度、王国公式制服案ですわ」
「予算会議でやる話ではありません!!」
だが、お嬢様は止まらない。
「布地は上質なものを選びましたの。
安価な布は士気を下げますもの」
「士気以前に財政が死にます!」
財務官が青ざめる。
そこへ――
アステリアがぽん、と手を打った。
「あっ!ファッションショーだ!」
「違います!」
ノクス(控え席)が小声で呟く。
「……最悪の勘違いが起きてる」
お嬢様は会議室中央に立ち、
朗々と宣言した。
「次!」
扉が再び開く。
出てきたのは――
鎧を着せられた兵士。
ただし、色はパステルピンク。
「……なぜ」
国王の声が震える。
「戦場でも映える配色ですわ。
恐怖を与えつつ、記憶に残りますのよ」
「敵に笑われます!!」
秘書が机を叩いた。
「しかもその塗料、高いでしょう!」
「ええ、王国指定顔料ですもの」
財務官、静かに倒れる。
アステリアは目を輝かせていた。
「すごーい!これ神界で流行るかも!」
「流行らせないでください!!」
国王は頭を抱えた。
だが――
ふと気づく。
兵士たちの表情が、
いつもより明るい。
「……似合ってますよ」
誰かが、ぽつりと言った。
兵士は照れたように背筋を伸ばす。
お嬢様は満足そうに頷いた。
「ほら。人は、装いで変わるのですわ」
会議室が静まる。
数字では測れない何かが、
確かにそこにあった。
秘書は深く、深くため息をついた。
「……で、予算は?」
お嬢様は即答した。
「削るところは削りますわ」
「どこを!?」
「会議用椅子の色を全部統一するのをやめますの」
「そこじゃない!!」
こうして――
王国史上初の
「モデルウォーク付き予算会議」
が開催された。
結論は出なかった。
胃薬は尽きた。
だが、
兵士と民の士気は、
なぜか少しだけ上がっていた。
国王は遠い目で呟いた。
「……国って、なんだろうな」
アステリアは笑った。
「生きてればOKです!」
秘書は記録にこう書いた。
――本日の会議、
内容不明。
疲労甚大。
しかし国は、今日も滅びなかった。
胃薬の在庫、要補充。
⸻
お嬢様、外交服で戦争を止めかける
その知らせは、
王国にしては珍しく――まともだった。
「隣国グラナド公国が、国境付近に兵を集結させています」
会議室の空気が、一瞬で引き締まる。
国王は背筋を伸ばした。
「……開戦の可能性は?」
「五分五分です。
向こうは“圧力”のつもりでしょうが――」
秘書が言葉を切る。
「こちらが対応を誤れば、即戦争です」
アステリアが小声で呟く。
「今回は普通の会議だね……」
「油断しないでください」
秘書は低く言った。
――そのとき。
「まあ!」
甲高い声が響いた。
「外交ですの!?」
嫌な予感しかしなかった。
扉が開き、
お嬢様が颯爽と入室する。
今日の装いは――
深紅と漆黒のロングドレス。
胸元には王家の紋章を大胆にあしらい、
背中は――思いきり開いている。
「……お嬢様」
国王が震える声で言った。
「それは……どのような意図で?」
「威厳と色気ですわ」
即答。
秘書、頭を抱える。
「外交は誘惑じゃありません!!」
「では聞きますけれど?」
お嬢様は優雅に微笑んだ。
「力も財も足りない国が、
どうやって“対等”に立ちますの?」
一同、黙る。
「剣? 数? 同盟?」
彼女は肩をすくめる。
「それ、全部向こうの方が上ですわ」
アステリアがぽつり。
「……確かに」
「でしょう?」
お嬢様はくるりと回る。
ドレスの裾が波打つ。
「ならば――
印象で勝つしかありませんわ」
「印象で戦争が止まるわけが――」
秘書の言葉は、途中で止まった。
なぜなら。
「……」
使者が、固まっていた。
隣国から来た外交官。
冷徹で有名な男。
彼は、
完全に言葉を失っていた。
「……こちらが、
グラナド公国の使者で……」
声が、裏返る。
お嬢様は一礼した。
「遠路ご苦労さまですわ」
その一瞬。
場の空気が、変わった。
威圧でも、媚びでもない。
**“格”**が立ち上がる。
使者は、なぜか背筋を正した。
「……本日は、威力偵察の件で……」
「ええ、承知しております」
お嬢様は席に座る。
脚を組む角度すら、計算済み。
「ただ――
兵を動かすほどの覚悟があるなら、
それなりの覚悟で臨んでくださいな」
静かに、微笑む。
「こちらも――
安くはありませんわよ?」
沈黙。
使者の喉が鳴る。
国王と秘書は、
一言も挟めない。
アステリアは小声でノクスに言った。
「……あれ、女神より神っぽくない?」
「認めたくないが、否定できない」
数刻後。
会談は終了した。
結果――
兵は撤退。
理由は「再検討」。
秘書は椅子に崩れ落ちた。
「……止まりました」
国王は、遠い目をする。
「戦争が……服で……」
お嬢様は満足そうに立ち上がる。
「当然ですわ」
「なぜ……?」
国王が聞く。
お嬢様は、当たり前のように言った。
「本気で余裕がない国は、
あんな服、着られませんもの」
アステリアは拍手した。
「すごーい!」
「真似しないでください」
秘書は即座に遮った。
こうして――
王国はまた一つ、
変な方法で生き延びた。
記録にはこう残った。
――外交成果:大
――手段:不明
――秘書の寿命:減少
胃薬、また減る。
結果だけを見れば、
この外交は成功だった。
兵は引き、
血は流れず、
国は今日も存続している。
だが、
その過程が正しかったかと問われれば、
誰も即答できない。
服で戦争を止める国。
美意識で威圧する外交。
それは模範ではない。
真似すべきでもない。
それでも――
確かに効いた。
国王は学ぶ。
力には形があり、
形は時に力を超えることを。
秘書は悟る。
この国の最大の資源は、
予算でも神力でもなく、
想定外であると。
そしてお嬢様は、
何も反省していない。
それでいい。
この物語は、
正しさで国が救われる話ではない。
「なんとかなる」が
積み重なって続いていく――
そんな、少し危うい王国の記録なのだから…。




