アイドル合戦への強制エントリー
歌は、自由だと思われている。
だが、
人の心を動かすほどの歌は、
いつの時代でも管理される。
この章で描かれるのは、
敵との戦いではない。
勝敗のある合戦でもない。
「影響を与える存在」を
誰が、どこまで許すのか――
その線引きそのものだ。
奇跡を使わず、
神力も封じられ、
それでも歌おうとする者たちは、
もはや“安全な存在”ではない。
それでも彼女たちは、
声を引っ込めない。
なぜなら、
歌うことをやめた瞬間、
この物語は終わってしまうからだ。
⸻
アイドル合戦への強制エントリー
――拒否権? そんなものは、最初からなかった
それは、ライブ翌朝のことだった。
王都の掲示板に、
昨日までは存在しなかったはずの巨大な紙が貼られていた。
金文字。
無駄に神々しい装飾。
嫌な予感しかしない。
《神界公認・第一回
対世界感情影響型アイドル合戦
正式エントリー一覧》
その最上段。
堂々と。
《モーニング・フォールズ》
――エントリー確定(辞退不可)》
「…………」
アステリアは、三秒ほど思考停止した。
「……え?」
「やったね!」
「やってない!」
ルミナは両手を上げて喜び、
ノクスは掲示板の前で完全に固まっている。
「辞退不可……?」
「小さく書いてあるけど、
“神界条例 第108条”ってやつだね!」
「そんな条例知らない!!」
その瞬間、
背後から拍手が聞こえた。
ぱち、ぱち、ぱち。
振り返ると、
昨日の神官――いや、完全に運営側の顔をした存在が立っていた。
「おめでとうございます」
「全然めでたくないです」
神官は淡々と続ける。
「観測されました」
「何を」
「あなた方のライブが、
人界と神界の感情指数を同時に動かした事実です」
ノクスが小さく呟く。
「……やばいやつだ」
「はい、やばいです」
即答だった。
「現在、
“偶像による世界安定仮説”が再浮上しまして」
「聞きたくない仮説だ……」
神官は一枚の書類を差し出す。
そこには、こう書かれていた。
《合戦参加理由》
・感情波形が不完全である
・失敗率が高い
・それでも立ち続ける
→ 観測価値:極めて高い
「褒めてるのか貶してるのか分からない!」
「褒めてますよ。最高に」
ルミナが身を乗り出す。
「で? 報酬は?」
「優勝ユニットには――」
一拍。
「神界公式バックアップ」
「……それって」
「資金、外交圧、
“これ以上女神を送り込まれない権利”」
アステリアが、ぴたりと止まった。
「……それ、ほんと?」
「本当です」
「ノクス」
「聞いた。逃げ道消えた」
沈黙。
そして。
アステリアは、深く息を吸った。
「……分かりました」
神官が満足そうに頷く。
「では、改めて」
「言わなくていいです」
「正式に――」
ドン、と空が鳴る。
《モーニング・フォールズ》
強制エントリー、完了
光のスタンプが、
三人の頭上に浮かんだ。
「刻印されてる!?」
「わ、これ消えないやつだ!」
「……人生終わった音がした」
神官は背を向ける。
「次のステージは、
三日後です」
「準備期間短すぎない!?」
「アイドルとは、
常に突然ですので」
そして、最後に一言。
「期待していますよ」
神官が消えた後。
三人は、しばらく無言だった。
「……ねえ」
「なに」
「これ、逃げたらどうなると思う?」
「神界が本気出る」
「やめよう」
アステリアは、苦笑した。
「奇跡は起こさないって決めたのに」
「代わりに?」
「……歌わされる」
ルミナが、にっと笑う。
「いいじゃん!
どうせなら、派手にやろ!」
ノクスは、静かにカードを握る。
「……胃薬、必要だな」
こうして。
ドジっ子女神たちは、
自発的ではない情熱と
完全に強制された希望を背負って、
アイドル合戦という名の
次なる戦場へ――
逃げ場なく、立たされるのだった。
⸻
準備期間・三日
――アイドルは、寝かせてもらえない
「三日って、なに?」
アステリアは宿舎の床に座り込んでいた。
正確には、神界が用意した“最低限快適”と書かれた施設の床だ。
「三日だよ」
「聞こえてる!」
ルミナは鏡の前でポーズを取り続けている。
「一日目:曲と振り付け決定
二日目:通し練習
三日目:本番!」
「その前に心の準備とかないの!?」
「ない!」
ノクスはすでに書類の山に埋もれていた。
「……歌詞確認、衣装調整、
感情波形の微修正、
観客属性別リアクション予測……」
「それ誰の仕事!?」
「全部、私」
床が軋んだ。
扉が、勝手に開く。
「失礼します」
入ってきたのは、
神界公認プロデューサーを名乗る存在だった。
目が死んでいる。
「今日から、あなた方を
“勝たせます”」
「怖い言い方!」
プロデューサーは資料を広げる。
「まずコンセプト」
「もう決まってる気がする」
「はい。
“不完全でも立つ”」
アステリアは、少し黙った。
「……それ、詩の延長?」
「ええ。
ただし――」
ページがめくられる。
「アイドル合戦では、
弱さは武器ですが、言い訳は減点です」
ルミナが真顔になる。
「つまり?」
「転んでもいい」
「おお」
「ただし――」
一拍。
「立ち上がる姿を、
必ず見せてください」
沈黙。
ノクスが、ぽつりと呟く。
「……詩と同じだな」
「そうです」
プロデューサーは、初めて微笑んだ。
「次。
楽曲タイトル」
スクリーンに映し出される。
《それでも、朝は来る(Re:Start Ver.)》
《誰にも見えない場所で泣いた(Stage Mix)》
「使うんだ……」
「逃げ場、ないですね」
夜。
通し練習。
音が外れる。
動きがズレる。
アステリアは二回転び、
ルミナは声を張りすぎて咳き込み、
ノクスは無言で床に座り込んだ。
「……向いてない」
「今さら言う?」
アステリアは、汗を拭った。
「でも――」
「?」
「やめたい、とは言ってない」
その言葉に、
二人が顔を上げる。
「奇跡は起こせない」
「うん」
「完璧にもなれない」
「知ってる」
「それでも」
カードを握る。
「……朝は、来るんでしょ」
ルミナが笑った。
「じゃ、もう一回!」
「ちょっと休憩を――」
「だめ!
本番は休ませてくれないから!」
ノクスは、静かに立ち上がる。
「……胃は痛いが」
「が?」
「逃げる気は、ない」
三日間は、短い。
だが――
逃げるには、十分すぎるほどの時間でもあった。
それでも彼女たちは、
逃げなかった。
強制エントリーの本当の意味は、
その時、初めて形になり始めていた。
⸻
本番当日
――順位は、あとから付いてきた
朝。
まだ太陽が完全に昇る前から、
王都の即席闘技場――もはや誰もそう呼ばない“聖域ステージ”には人が集まり始めていた。
人間。
神。
神でも人でもない、観測者。
空気が違う。
「……昨日より、多い」
ノクスが客席を見て呟く。
「増えたね!しかもペンライト増殖してる!」
「神界カラーで統一されてるのが怖い……」
舞台袖。
アステリアは、深く息を吸った。
(強制参加)
(準備不足)
(逃げ場なし)
条件は、最悪だ。
「……でも」
胸元のカードが、わずかに光る。
(言葉は、ある)
アナウンスが響く。
《次のユニット――
エントリーナンバー07
《モーニング・フォールズ》》
足が、少し震えた。
だが、止まらない。
照明が落ちる。
静寂。
一拍遅れて――音が入る。
♪――低く、優しいイントロ。
《それでも、朝は来る(Re:Start Ver.)》
アステリアは、最初の一歩を踏み出す。
今回は――転ばない。
だが、完璧でもない。
音は微妙にズレ、
振り付けも揃いきらない。
それでも。
歌詞が、
言葉が、
生きていた。
「――それでも!」
声が、客席に伸びる。
《誰にも見えない場所で泣いた(Stage Mix)》に入った瞬間、
ノクスが一歩前に出る。
小さく、低い声。
「……見えなくても、消えない」
観客席の空気が、一段沈み――
次の瞬間、持ち上がる。
ルミナが跳ねる。
「だから今、ここで――!」
光が弾ける。
派手な演出じゃない。
神力も使っていない。
だが――
拍手が、自然に起きた。
演目終了。
三人は、ステージ中央で一礼する。
一拍。
そして――
割れるような歓声。
「……え?」
「……今の、刺さった?」
ルミナが目を丸くする。
ステージ袖に戻った瞬間、
ノクスが壁にもたれた。
「……胃、死んだ」
「生き残ってる!」
しばらくして。
順位発表。
スクリーンに数字が並ぶ。
《モーニング・フォールズ》
――第4位
「……」
「……」
「……あれ?」
ルミナが首を傾げる。
「思ったより、低くない?」
「いや、上でもない」
その時。
追加表示が、割り込む。
《特別評価》
・感情残存率:最高
・再生希望指数:異常値
・観客滞留率:記録更新
《総評》
「勝敗では測れない」
会場が、ざわついた。
神界運営席。
誰かが言う。
「……数字が追いついてない」
「観測が遅れてる」
プロデューサーが、静かに頷いた。
「想定通りです」
「え?」
「彼女たちは――」
一拍。
「“勝つアイドル”じゃない」
ステージ下。
アステリアは、少し困ったように笑った。
「……優勝、できなかったね」
「でもさ」
「?」
ルミナが客席を指す。
そこでは、
人も神も関係なく、
同じ曲を口ずさんでいた。
ノクスが、静かに言う。
「……届いた」
「うん」
その瞬間。
アステリアは、はっきりと理解した。
(これが――)
(この世界での、私たちの役目)
順位は、あとから付いてくる。
だが、
言葉が残った時点で、負けてはいない。
アイドル合戦は、まだ続く。
そして《モーニング・フォールズ》は、
“勝ち負けの外側”という、
一番厄介な場所に立ってしまったのだった。
⸻
余波
――勝てなかったはずの者たちが、残したもの
その日の夜。
王都の宿舎は、やけに静かだった。
歓声はもう聞こえない。
照明も落ち、
昼間の熱気が嘘のように引いている。
「……第4位、かぁ」
ルミナがベッドに倒れ込む。
「悔しい?」
「んー……悔しいっていうか」
「?」
「変な感じ!」
アステリアは、椅子に座ったままカードを並べていた。
詩カード、歌詞カード、
ステージ用に加工された言葉たち。
「“勝ち負けじゃない”って評価、
一番困るやつだよね」
ノクスが湯飲みを置く。
「神界的には、なおさらだ」
「だよね……」
その時。
扉が、ノックもなく開いた。
「失礼」
プロデューサーだった。
相変わらず、目が死んでいる。
「……怒られる?」
「いえ」
一枚の紙を置く。
《神界観測報告・速報》
「え、もう?」
「異常事態なので」
紙には、こう書かれていた。
・感情残存が、演目終了後も減衰しない
・模倣歌唱が自然発生
・神力不使用にも関わらず、信仰指数が微増
「……信仰?」
「え、増えたの?」
プロデューサーは首を横に振る。
「正確には、“依存”が減って、“共感”が増えています」
「それって……」
ノクスが、理解した顔になる。
「神に頼らず、神と並んだ」
「はい」
沈黙。
「……それ、まずくない?」
アステリアが、恐る恐る言った。
「神界からしたら」
プロデューサーは、少しだけ間を置いた。
「まずいです」
「ですよね!?」
「ですが」
視線が、真っ直ぐ向けられる。
「止められません」
ルミナが起き上がる。
「なんで?」
「もう――」
一拍。
「観客が、選び始めている」
翌朝。
王都の広場。
昨日の演目を真似た即席ステージで、
子どもたちが歌っていた。
音程はぐちゃぐちゃ。
振り付けも適当。
それでも。
《それでも朝は来る》
声が、重なる。
神殿の前では、
巫女が小さく口ずさみながら掃除をしている。
商会の通りでは、
荷運びの男たちがリズムを刻んでいた。
「……広がってる」
ノクスが呟く。
「ね、これさ」
「うん?」
「もう私たちの手、離れてない?」
アステリアは、少しだけ怖くなった。
(奇跡じゃない)
(神力も使ってない)
それなのに――
世界が、動いている。
その時。
空が、わずかに歪んだ。
誰も気づかないほど、小さく。
だが――神界の者には分かる歪み。
「……来るな」
ノクスが、低く言う。
「え?」
「上の連中だ」
遠くで、雷のような音。
プロデューサーが、背を向ける。
「次の合戦――」
「?」
「評価基準が、変わります」
アステリアは、思わず笑ってしまった。
「……私たち、また面倒な位置に立った?」
「ええ」
「ど真ん中?」
「はい。
世界の真ん中です」
勝てなかったはずの者たちは、
知らないうちに、
最も注目される場所へと押し上げられていた。
次のステージは、
もはや“合戦”では済まない。
歌が、
言葉が、
世界をどう変えるのか――
それを見極める場になる。
ドジっ子女神たちは、
また一歩、
戻れない場所へと進んでいく。
⸻
介入
――歌うことが、問われ始める
その日の夕刻。
王都の空は、妙に澄んでいた。
雲一つない――作られた空だ。
「……嫌な静けさ」
ノクスが空を見上げたまま言う。
「神界が空を整える時は、
だいたい何か“決めに来てる”時だ」
「決めるって?」
「存在の扱い」
アステリアは、喉の奥が少し冷えるのを感じた。
その時。
広場の中央に、
光の円陣がいくつも展開された。
人々がざわめく。
現れたのは、
武装でも祭礼装束でもない――
完全な神務装をまとった存在たち。
「うわ……ガチ勢だ」
ルミナが小声で言う。
先頭に立つ神は、
感情を排した声で告げた。
「通達する」
空気が、張り詰める。
「《モーニング・フォールズ》の活動は、
神界観測基準を逸脱した」
ざわっ。
民の間に、不安が走る。
「詩、歌、言葉による感情誘導が、
信仰構造に影響を与えている」
アステリアは、一歩前に出た。
「それは……」
「弁明は不要」
ぴしゃりと切られる。
「次の合戦より、
制限を課す」
空に、文字が浮かぶ。
・神力の使用、完全禁止
・奇跡的演出の排除
・観客との感情共鳴率に上限設定
「……ほぼ、縛りプレイ」
ノクスが小さく言う。
ルミナが叫ぶ。
「それじゃ、勝てないじゃん!」
「勝つ必要はない」
神は淡々と言った。
「影響を抑えればいい」
その言葉に、
アステリアの中で何かが、静かに切れた。
「……それって」
視線を上げる。
「“届くな”ってことですか」
神は、答えなかった。
沈黙が、答えだった。
人々の間で、
誰かが声を上げた。
「それでも歌うんだろ!」
「昨日、助けられた!」
「私、あの歌で立ち上がれた!」
声が、重なり始める。
神々が、一瞬だけ眉をひそめた。
(……もう、遅い)
アステリアは悟った。
(歌うことを、
止められなくなってる)
その夜。
三人は、宿舎の屋上にいた。
風が、強い。
「……やめる?」
ルミナが、珍しく真剣な声で言った。
「今なら、
“問題起こす前”で終われる」
ノクスは、しばらく黙ってから答える。
「やめたら、
安全だ」
「でも」
アステリアは、夜空を見上げた。
「歌わなくなったら、
この世界、どうなるんだろ」
沈黙。
そして。
「……歌おう」
彼女は言った。
「縛られても」
「制限されても」
「届かなくても」
カードを、胸に当てる。
「それでも、
朝は来るって――
言い続けたい」
ルミナが、ゆっくり笑う。
「……ほんと、面倒な女神だね」
「知ってる」
ノクスは、静かに立ち上がった。
「なら、戦術を変える」
「?」
「制限の中で、最大限に刺す」
遠くで、
次のステージの設営音が聞こえる。
神界が仕掛けた“枠”の中で、
彼女たちは――
再び歌おうとしていた。
次の戦いは、
勝敗ではなく。
「歌う資格があるのか」
それ自体を問う舞台になる。
――それでも、物語は止まらない。
制限は、
才能を試すためにあるのではない。
恐れを可視化するためにある。
神界が恐れたのは、
力ではない。
奇跡でもない。
届いてしまう言葉だ。
縛られた中で歌うという選択は、
敗北に見えるかもしれない。
無謀に見えるかもしれない。
だが――
それでも歌うと決めた時点で、
彼女たちはもう
“従う存在”ではなくなっている。
次の舞台では、
拍手すら計測され、
共感すら制限される。
それでも残るものがあるなら、
それはきっと――
数値にも、条例にも、
収まらない何かだ。
物語は、
さらに静かに、
そして危険な場所へと進んでいく。




