詩カードバトル、開幕
奇跡が力であるなら、
言葉は――傷だ。
人を救う言葉も、
人を切り裂く言葉も、
等しく胸に残る。
この章で描かれる戦いは、
剣でも魔法でもない。
ましてや、神の裁定でもない。
ぶつかるのは、
詩と感情と、
語られなかった時間だ。
勝敗は数値では測れない。
ただ、どの言葉が
「消えずに残ったか」だけが問われる。
ドジで、未完成で、
それでも本気な女神たちの
少し不格好な戦いが、ここに始まる。
詩カードバトル、開幕
王都の即席闘技場は、どこか落ち着きがなかった。
石畳の上に急造された円形の舞台。
観客席には、鎧を着た兵士、商人、借金に顔を曇らせた民、
そして――雲の上から覗き込む、暇を持て余した神々。
拍手も歓声も、まだない。
皆が戸惑っていた。
「詩で、戦う?」
そんな疑問が、場全体を覆っている。
⸻
「……ほんとに、これ戦いなの?」
アステリアは、自分の掌に浮かぶカードを見つめていた。
薄い光を放つ紙片には、彼女自身の迷いのような震えが走っている。
《それでも朝は来る》
効果:
・絶望属性を一段階無効化
・味方ユニットの再行動を許可
かつては奇跡を降らせていた女神。
だが今、彼女が握っているのは――
奇跡ではなく、言葉だけだった。
「大丈夫大丈夫!」
ルミナが背後から、勢いよく背中を叩く。
軽い音のわりに、無駄に力が強い。
「負けそうになったら、
声量でなんとかするから!」
「それ戦術じゃない……」
ノクスはすでに闘技場の床を見つめ、
影と一体化しそうな勢いで立っている。
「……でも、まあ……」
彼女は小さく息を吸い、カードを掲げた。
「私のカードは、これ……」
《誰にも見えない場所で泣いた》
効果:
・相手ユニットの詠唱速度低下
・観客の空気が気まずくなる(強制)
一瞬、風が止まった。
観客席のあちこちで、
「……え?」
「今の、俺のことか?」
という顔が浮かぶ。
「それ、戦闘向き?」
ルミナが首を傾げる。
「……刺さる人には刺さる」
ノクスの声は小さい。
だが、その一言だけで、
観客席の何人かが視線を逸らした。
⸻
太鼓が鳴る。
開始の合図。
対戦相手――
神界正統派ユニット
**《クロノス・アーカイブ》**が前に出る。
秩序、記録、選別。
感情を排した神々の集団。
そのリーダーが、淡々と詩を詠んだ。
「世界は、管理されねばならない
救われる価値は、選ばれるものだけだ」
詩が放たれた瞬間、
空気が冷え、数字のような光が舞台を覆う。
観客の何人かが、無意識に息を詰めた。
「……重い」
ルミナですら、声量を落とす。
「これが、“正しい神”の言葉……」
⸻
アステリアは、一歩前に出た。
足が震える。
だが、止まらない。
「私は……」
声は小さい。
だが、確かだった。
「選ばれなかった人たちを、知っている」
カードが、淡く光る。
《それでも朝は来る》
詩は、叫びではなかった。
慰めでもなかった。
ただ、事実だった。
――泣きながら眠っても
――借金に押し潰されても
――神に見捨てられたと思っても
朝は、来る。
観客席のどこかで、
誰かが小さく鼻をすする。
秩序の光に、ひびが入る。
⸻
「……今だよ!」
ルミナが叫ぶ。
彼女のカードが、勢いよく展開される。
《声が枯れるまで信じてる》
効果:
・味方士気上昇
・論理属性にノイズ付与
「理屈とか知らない!
でもね!」
声が、場を満たす。
「信じたい気持ちを、
否定する権利なんて――
誰にもない!」
観客席が、どよめく。
⸻
最後に、ノクス。
彼女は、視線を上げなかったまま、
静かに詠んだ。
《誰にも見えない場所で泣いた》
詩は、派手な光を伴わない。
ただ、相手の足元に、影を落とす。
――完璧でいられなかった夜
――正しさに置いていかれた瞬間
クロノス・アーカイブの詠唱が、
一瞬、詰まる。
詩は、心を殴る。
⸻
勝敗が決まる。
数字でも、神託でもない。
残ったのは――沈黙だった。
やがて、ぽつぽつと拍手が起きる。
神ではない、人間の手による拍手だ。
ルミナが笑う。
「ほら! 勝ったっぽい!」
ノクスはしゃがみ込む。
「……胃が、痛い」
アステリアは、胸に手を当てた。
奇跡は使っていない。
だが、確かに――届いた。
言葉が…。
⸻
詩の衝突
敵ユニット
**《クロノス・アーカイブ》**が、静かに前へ進み出る。
彼らの足音は揃っていた。
感情の揺らぎを一切許さない歩調。
それだけで、この詩が「戦い」であることを理解させる。
リーダー格の神が、カードを掲げる。
文字は整いすぎていた。
美しく、正確で、冷たい。
「秩序とは、選別である
混沌は切り捨てられ
価値あるものだけが、未来へ進む」
詩が放たれた瞬間、
闘技場の空気が一段階、下がる。
温度ではない。
居場所を失う感覚だ。
観客の中で、何人かが背筋を伸ばす。
自分が“選ばれる側”であるかを、無意識に確かめるように。
別の何人かは、俯いた。
選ばれなかった記憶を、掘り起こされたからだ。
秩序の詩は、優しい。
だが同時に、残酷だった。
⸻
その瞬間。
アステリアが、一歩前に出た。
靴音が、わずかに乱れる。
完璧な隊列の中で、唯一の不揃い。
「……私は」
声は大きくない。
だが、闘技場のざわめきが、すっと引いた。
「私は、
選ばれなかった者たちを知っている」
クロノス・アーカイブの視線が、一斉に彼女を捉える。
解析。分類。危険度測定。
だが、アステリアは止まらない。
「努力しても届かなかった人を
正しくあろうとして、傷ついた人を
神に期待して、裏切られた人を」
彼女のカードが、淡く光を放つ。
奇跡の輝きではない。
夜明け前の、かすかな光。
《それでも朝は来る》
詩が展開される。
「選ばれなくても
間違えても
失っても
世界は、終わらなかった
だから――
明日は、来る」
言葉が、波紋のように広がる。
秩序の詩が構築した冷たい構造に、
感情という不規則な振動がぶつかる。
数値が、意味を失う。
条件式が、崩れる。
クロノス・アーカイブの詩は、完璧だった。
だが、そこには――
居場所がなかった。
⸻
観客席。
ある老人が、手を震わせる。
「……若い頃な
何度も落ちたんだよ、試験」
隣の少年が、何も言わずに頷く。
商人が、歯を食いしばる。
「切り捨てられたと思ってたのは
……俺だけじゃなかったのか」
詩は、直接心に触れる。
それは攻撃ではない。
確認だった。
――ここに、いていい。
⸻
クロノス・アーカイブの詠唱が、止まる。
初めて、沈黙が生まれた。
秩序の神が、僅かに眉を動かす。
「……非効率だ」
アステリアは、微笑わない。
「ええ。
でも、生きるって
だいたい、非効率です」
その一言で、
詩は決した。
勝敗は、数値じゃない。
ダメージ量でも、残存HPでもない。
どちらの言葉が、場に残ったか。
そして――
闘技場に残ったのは、
「それでも朝は来る」
という、言葉だった。
拍手は、しばらく遅れてやってきた。
だがそれは、神のものではない。
生き残った言葉を、抱きしめる人間の手だった。
⸻
勝利後
最初に聞こえたのは、拍手だった。
控えめで、遠慮がちで、
それでも確かに「誰かのために鳴らす音」。
一拍、また一拍。
やがてそれは波のように広がり、
闘技場全体を包み込んだ。
すすり泣きも混じっている。
顔を覆う者、空を見上げる者、
何が起きたのか言葉にできないまま、
ただ胸を押さえている者。
誰も勝敗の数を数えていない。
だが、誰もが理解していた。
――終わったのだと。
――そして、残ったのだと。
言葉が。
⸻
「ね? なんとかなったでしょ!」
ルミナが胸を張り、
両手を腰に当てて得意満面に笑う。
「ほら見て!
声量使う前に終わったし!」
「……それはたまたま……」
ノクスは闘技場の床にしゃがみ込み、
膝を抱えて小さくうずくまっている。
「胃が……痛い……
心も……痛い……
あと、空気も……」
「それはあなたのカードのせいよ!」
「……でも、必要だったでしょ」
ぼそりと呟いたその一言に、
ルミナは何も言い返せなかった。
確かに――
あの“気まずさ”があったからこそ、
人々は目を逸らさずに済んだのだ。
⸻
アステリアは、二人から少し離れた場所で、
静かに闘技場を見渡していた。
歓声の中に、
祈りの名残が混じっている。
それはかつてのような
「救ってください」という祈りではない。
「聞いてくれて、ありがとう」
という、礼に近い感情。
アステリアは、小さく息を吐いた。
「奇跡じゃなくても……」
誰に言うでもなく、
けれど確かに言葉として外に出す。
「言葉なら、届く」
それは、自分自身への確認だった。
女神であることを失いかけ、
力を削り、
それでもここに立っている理由。
⸻
観客席の片隅で、
クロノス・アーカイブの一員が
カードを静かに片付けていた。
「……記録に残らない敗北だな」
「だが――
消せない」
誰かが、そう答えた。
秩序は守られた。
だが、更新されてしまった。
“人は、切り捨てきれない”
という事実によって。
⸻
「ねえアステリア!」
ルミナが、急に声を張り上げる。
「次の開催地、どうする!?
王都だけじゃもったいないよ!」
「……え?」
「地方巡業だよ、巡業!」
ノクスが顔を上げる。
「……それ、
私のカード、毎回刺さるんだけど……」
「需要あるって!」
「需要が怖い……」
アステリアは、思わず小さく笑った。
かつてなら、
神が人に語る立場だった。
今は違う。
共に震え、
共に迷い、
それでも前に進く仲間がいる。
こうして――
ドジっ子女神たちの詩バトル巡業は始まった。
奇跡はない。
完全な答えもない。
あるのは、
ぶつけ合った言葉と、
それを受け取った人の心だけ。
そしてそれで――
世界は、少しだけ前に進いた。
この勝利は、
世界を救ったわけではない。
借金が消えたわけでも、
痛みが癒えたわけでも、
争いが終わったわけでもない。
ただ――
誰かの中に、
「それでも朝は来る」という一文が残った。
それだけだ。
だが、その“それだけ”が、
人を立ち上がらせることがある。
神が奇跡を振りまかなくなった世界で、
人と神が同じ高さで言葉を交わすために。
この詩カードバトルは、
娯楽であり、戦いであり、
そして小さな再建作業でもある。
次の舞台でも、
彼女たちはきっと失敗する。
転び、空気を壊し、
誰かを泣かせてしまうかもしれない。
それでも――
言葉を出すことを、やめない。
それが、
この物語の戦い方だからだ。




