新章 新たな女神、降臨
奇跡が終わった世界に、
再び神が降りるとき。
それは救済か、混乱か、
それとも――ただの“事故”か。
この世界はすでに、
神がいなくても回っている。
それでも神は、やって来る。
なぜなら――
世界が成熟したときほど、
神は自分の居場所を見失うからだ。
これは、新たな女神の物語であると同時に、
神を必要としなくなった世界が、
神をどう扱うかの物語である…。
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新章
新たな女神、降臨
その日は、
何の前触れもなく訪れた。
雷も落ちず、
空も割れず、
祈りの声すら上がらなかった。
ただ――
王都の外れ、かつて何もなかった丘に、
看板が一本立った。
《ここ、降臨予定地》
「……なんだ、あれ」
通りすがりの商人が首を傾げる。
翌朝。
丘の上に、少女が立っていた。
金色の髪。
白い衣。
足元には、なぜか説明書の束。
「えーっと……」
少女は紙をめくり、真剣な顔で呟く。
「世界確認、よし。
神格ログイン、よし。
前任者……え?」
その名を見た瞬間、顔が固まる。
「アステリア!?
え、引退扱いじゃないの!?」
その頃、王都。
洗濯物を干していたアステリアが、突然くしゃみをした。
「……嫌な予感」
城壁の上、レオンが空を見る。
雲は普通。
風も穏やか。
「まさか、な」
その「まさか」は、当たる。
王城に駆け込んできた使者が叫ぶ。
「王!
丘に……女神が降りてきました!」
沈黙。
レオンは、ゆっくり額を押さえた。
「……何人目だ」
丘の上。
新たな女神――名をリュミエラという――は、民に向かって胸を張った。
「わたしは新任女神リュミエラ!
奇跡!加護!祝福!
フルパッケージでお届けします!」
民は、ざわつく。
「……え、今さら?」
「奇跡って、必要?」
「税が下がるなら歓迎」
リュミエラは動揺した。
「え?
祈らないの?
跪かないの?」
そこへ、アステリアが現れる。
桶を持ったまま。
「……あの」
リュミエラは振り向き、目を輝かせた。
「先輩女神!?」
「元、です」
「聞いてませんよそんなの!」
アステリアは苦笑した。
「この世界、
もう奇跡は“非常用”なの」
「えええ!?」
レオンが静かに言う。
「歓迎はする。
だが条件がある」
「条件?」
「奇跡は――
使う前に、会議を通せ」
沈黙。
リュミエラは、ゆっくり震えた。
「……女神って、そんな職業でしたっけ?」
アステリアは肩を叩く。
「慣れるよ」
「慣れません!」
だが丘の下では、
人々が今日も働き、笑い、喧嘩している。
奇跡がなくても回る世界。
それでも、神が“来てしまう”世界。
リュミエラは、その光景を見て、小さく呟いた。
「……大変な世界に、来ちゃったな」
アステリアは笑った。
「ようこそ」
「神と人が、対等な世界へ」
――新たな女神は、
ここで初めて理解する。
この世界では、
降臨するだけでは、神になれないのだと。
そして物語は、続いていく。
新たな女神は降臨した。
だがこの世界では、
降りただけでは、何も変わらない。
奇跡は会議にかけられ、
加護は議事録に残り、
神ですら“相談役”に回される。
それは神への冒涜ではない。
むしろ――最大の信頼だ。
この世界は、
神にすべてを任せないことを学んだ。
だからこそ、
神もまた、
一緒に悩む立場に置かれる。
アステリアが辿り着いた場所に、
リュミエラはこれから辿り着く。
遠回りで、不器用で、
ときどき滑って転びながら。
神が人の隣に立つ世界は、
まだ完成していない。
だがその未完成さこそが、
この世界の強さなのだ。
物語は終わらない。
奇跡がなくても、
笑いがなくならない限り…。




