十章 ――神は救われるか、人は試されるか(神奪還編)――
悪意は、最初から悪意ではなかった。
祈りが届かなかった夜。
救いを信じて、裏切られ続けた時間。
その積み重ねが、人から信仰を奪い、
やがて――神を敵に変えた。
この章で描かれるのは、
「神を憎んだ者たち」の物語である。
彼らは怪物ではない。
ただ、救われなかった人間だった。
そしてその事実は、
神と人の関係を、根底から問い直す。
十章 ――神は救われるか、人は試されるか(神奪還編)――
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Ⅲ.神狩り一族の真実(加筆・拡張)
神狩り一族は、信仰を持たなかった。
否――
持てなかった。
彼らの祖先が生きた村は、
地図にすら載らない、辺境の地だった。
土地は痩せ、
交易路からも外れ、
助けを呼ぶ声は、いつも遅れて消えた。
疫病が流行った。
子どもから順に倒れ、
葬る穴を掘る手が足りなくなった。
飢饉が来た。
祈りは捧げられた。
毎日、毎晩、膝を擦り切らして。
それでも――
神は降りてこなかった。
誰も救われなかった。
生き残った者たちは、
祈り方が間違っていたのだと責められた。
信心が足りなかったのだと、笑われた。
神殿は遠く、
王都はさらに遠かった。
その日から、彼らの中で、
「神」という言葉は意味を変えた。
守る存在ではない。
裁く存在でもない。
奪う対象になった。
「だから、奪う」
族長は、静かに語る。
それは怒鳴り声でも、演説でもなかった。
ただ、事実を述べるような声だった。
「神は救わない。
ならば、力だけを奪えばいい」
神を殺すつもりはない。
殺せば、力は霧散する。
必要なのは、
生きた神。
神を道具にするための血。
神を縛るための技。
神性を薄く削ぎ、
人の手に扱える形へと落とす儀式。
それらはすべて、
恨みと共に受け継がれてきた。
教えられるのは、
「なぜ神を憎むのか」ではない。
「なぜ、期待してはいけないのか」だ。
彼らは知っている。
祈ることが、
どれほど人を無力にするかを。
だが――
神狩り一族も、気づいていた。
完全な神は、狩れない。
全盛の神性は、
人の刃を拒絶する。
「狩れるのは、弱った神だけだ」
幹部の一人が言う。
「祈りを失い、
世界から切り離された存在」
「だから、急ぐ」
族長は頷く。
「完全に、人のものになる前に」
神が人と並び立つ存在になった瞬間、
神はもはや狩れない。
それは、
彼らが最も恐れている未来だった。
檻の中で、
アステリアはその会話を聞いていた。
怒りは、湧かなかった。
憎しみも、なかった。
ただ――
胸の奥に、重たい痛みが沈んでいく。
(……そうだよね)
(救われなかった人は、いる)
彼女は知っている。
世界は広く、
神の手は、決して十分ではない。
すべてを救うことなど、
最初からできなかった。
(それでも)
(それでも、信じてしまう)
神としてではなく、
裁く存在としてでもなく。
一度、人として出会ってしまったから。
祈りがなくても、
信仰がなくても、
それでも手を伸ばす者がいることを。
檻の内側で、
女神は、静かに目を閉じる。
もし救われる未来があるとすれば、
それは奇跡のせいではない。
人が、
人を見捨てなかった結果だ。
その時――
遠くで、何かが動き始めていた。
神を狩る一族と、
神を救おうとする人間たち。
同じ絶望から生まれ、
まったく違う道を選んだ者たちの――
衝突が…。
神狩り一族は、
神を殺そうとしたわけではない。
彼らが欲しかったのは、
救いではなく――確実な力だった。
祈っても応えなかった存在に、
もう期待しないために。
だが皮肉なことに、
彼らが狩れるのは、
人に寄り添い、弱くなった神だけだった。
神は完全であれば狩れない。
人に近づいた瞬間、
初めて傷つけられる。
それでも――
女神は、人を信じることをやめなかった。
この章は、
敵の正体を暴く章であると同時に、
神が「裁く存在」であることを
自ら手放す瞬間を描いている。
次章、
信じる者と、奪う者の距離は、
もはや剣一本分まで縮まる。
そして選ばれるのは、
どちらが“人であり続けるか”だ。




