十章 ――神は救われるか、人は試されるか(神奪還編)――
神が去った世界は、静かすぎる。
鐘も、祈りも、光も、風も――
すべてが消え、残ったのは重苦しい沈黙だけ。
奇跡はない。
加護もない。
導きもない。
残されたのは、人だけだ。
恐怖と絶望の中で、選択を迫られる人間の意思。
この章では描かれる。
神なき王都で、王子レオンと民が直面する試練。
そして、奇跡に頼らず、
人の手だけで進める戦略と覚悟の物語。
神が奪われても、戦いは終わらない。
むしろ、今こそ――人の力が試される。
十章 ――神は救われるか、人は試されるか(神奪還編)――
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Ⅱ.神なき王都(加筆・拡張)
王都は、異様な静けさに包まれていた。
騒がしさが消えたわけではない。
人は歩き、商人は声を張り上げ、荷車は石畳を軋ませている。
だが――
空だけが、静まり返っていた。
神殿の尖塔は、いつもなら朝日に照らされ、
祈りとともに輝いていたはずだった。
今は、扉が閉ざされている。
重い鉄扉には封印の痕が残り、
誰も近づこうとしない。
鐘は鳴らない。
時間を告げるはずの音は、もう何日も沈黙したままだ。
代わりに、
商会の旗だけが風に揺れている。
金糸で縁取られた旗。
富と契約と支配を象徴する布。
人々はそれを見上げ、
そして、すぐに視線を逸らした。
「……本当に、神はいなくなったのか」
誰かが呟いた。
問いかける相手はいない。
答えも、求めていない。
民の誰もが、口には出さない。
だが、心では知っていた。
神は去ったのではない。
奪われたのだ。
それを悟った瞬間、
人々は初めて理解した。
奇跡があるという前提の上で、
どれほど自分たちが脆く生きていたのかを。
恐怖は、音を立てずに広がる。
祈れない不安。
守られない夜。
罰も祝福も下りてこない世界。
それは、
人がすべてを背負わねばならない世界だった。
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王城の地下。
かつては儀式用の通路だった場所が、
今は作戦室として使われている。
灯りは最小限。
壁に掛けられた地図には、
幾重にも線と印が書き込まれていた。
集まったのは、わずかな人数。
剣を持つ者。
策を練る者。
帳簿を捨てず、逃げなかった者。
そして――
最後まで裏切らなかった重臣たち。
誰も、軽口を叩かない。
誰も、希望を口にしない。
ここにいる全員が、理解していた。
これは反撃ではない。
奪還戦争だ。
王子レオンは、地図の前に立ち、
ゆっくりと指を置いた。
「敵は三つだ」
声は低く、揺れがない。
「第一に、神狩り一族」
「第二に、それと結託した商会連合」
「……そして第三に」
指が、王都の内側をなぞる。
「内部に潜む、裏切りの残党」
重い沈黙が落ちる。
誰も否定しなかった。
誰も怒鳴らなかった。
すでに、
綺麗事で国が救えないことは、
全員が学んでいた。
「神狩り一族は、神を殺さない」
参謀役の老臣が言う。
「生かしたまま、利用する」
「ええ」
レオンは頷く。
「だから、時間はある。
だが――」
拳を、静かに握る。
「長くはない」
商会は神を“資産”として扱う。
貴族は神を“抑止力”として欲しがる。
どちらに渡っても、
アステリアは戻らない。
「神を救う方法は、一つしかない」
レオンは、ゆっくりと皆を見渡した。
「神の力を使わずに、神を奪い返す」
空気が、凍りつく。
それは、
剣を捨てて戦えと言うようなものだった。
奇跡を前提とした戦術は、
すべて破棄される。
回復も、加護も、啓示もない。
「……つまり」
若い騎士が、喉を鳴らす。
「普通の戦争、ですか」
「いいや」
レオンは、首を横に振った。
「もっと厄介だ」
地図を叩く。
「相手は神を持っている。
こちらは、人だけだ」
誰かが、唾を飲み込む音がした。
だが――
誰も、席を立たなかった。
「それでもやる」
レオンの声は、静かだった。
「神がいないからこそ、
人の選択で、救う」
それは宣言だった。
王子としてではない。
一人の人間としての誓いだった。
この夜、王都は知ることになる。
神なき時代が、始まったのだと。
そして同時に――
人が神を救うという、
前代未聞の戦いが、動き出したことを‥‥。
Looking forward to the next time




