第十章 ――神は救われるか、人は試されるか(神奪還編)――
『ドジっ子女神と異世界へ』
借金に沈み、崩壊寸前の王国。
若き王子レオンは、もはや奇跡すら望まず、ただ「何をすべきか」を知るために神へ祈った。
現れたのは――
失敗担当を名乗る、ドジな女神アステリアだった。
彼女の強引で説明不足な判断により、レオンは異世界へと転送される。
そこにあったのは、資金ゼロ、借金不明、民心最低、治安最悪という、元の世界以上に詰んだ国家。
それでもレオンは逃げなかった。
奇跡に頼らず、人の手で国を立て直そうとする彼の姿に、民は少しずつ心を取り戻していく。
だが、女神の権限使用は世界に歪みを生み、
商会や貴族、そして「神狩り一族」という存在に、神の介入を察知されてしまう。
神の力は脅威であり、資源であり、支配の象徴。
交渉、裏切り、密約の末、
ついに女神アステリアは内部からの裏切りによって捕らえられる。
神を失った国。
守れなかった王子。
人々は問われる。
――神がいなければ、国は立て直せないのか。
捕らわれた女神は、《神檻》の中で祈りの消えた世界を知り、
自らが人に与えすぎた奇跡の重さと向き合う。
一方、レオンは決断する。
神の力に頼らず、
神を“救う”ために動くことを。
奇跡なき再建。
人の力だけで積み上げる信頼と覚悟。
これは、
神が人を救う物語ではない。
人が、神を救い直す物語である。
そして同時に、
借金と絶望から始まった一人の王子が、
“王”になるまでの物語でもある。
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第十章
――神は救われるか、人は試されるか(神奪還編)――
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Ⅰ.捕らわれた女神の内側(加筆・拡張)
闇は、音を持たなかった。
否――
それは音を失ったのではない。
音という概念そのものを拒絶していた。
女神アステリアは、何もない空間に浮かんでいた。
足元はなく、上も下もない。
時間さえも、ここでは溶け落ちている。
目を閉じているのか、
そもそも「目」という器官が意味をなしていないのか、
彼女自身にも判別がつかなかった。
光は届かない。
風もない。
そして――祈りも、ない。
(……静か、すぎる)
かつて、世界は騒がしかった。
無数の声が、昼夜を問わず流れ込んできた。
助けてほしい。
救ってほしい。
間に合わない。
もう遅い。
願い、呪い、後悔、希望。
それらは雑音のようでいて、
女神にとっては生の証だった。
だが今――
そのすべてが、断ち切られている。
神狩り一族が用いた《神檻》は、
神の力を封じるためのものではなかった。
それは、
神であるという“感覚”を削り取る檻だった。
最初に失われたのは、距離感覚。
世界がどこまで広がっているのか、わからなくなった。
次に失われたのは、時間。
一瞬と永遠の区別が曖昧になった。
そして今――
失われつつあるのは、自己の輪郭。
(……声が、聞こえない)
かすかな焦りが胸に生まれる。
それは恐怖ではない。
神は死を恐れない。
だが、忘却は恐ろしい。
人々の祈りが消えている。
それは、信仰を失ったからではなかった。
彼女には、わかる。
祈る余裕を、奪われたのだ。
貧しさ。
恐怖。
分断。
生きることで精一杯になった者は、
空を見上げることすら忘れる。
祈りとは、
余白の中にしか生まれない。
(ああ……)
アステリアは、理解してしまった。
自分が力を振るいすぎたこと。
奇跡を与えすぎたこと。
人は、救われ続けると、
救われることに慣れてしまう。
(わたしは……弱くなった)
それは肉体の衰えではない。
神性の減衰でもない。
必要とされなくなりつつある感覚。
権限を使いすぎた代償。
世界の均衡を、自ら傾けた罰。
人の運命に踏み込みすぎた。
選ぶべきでない未来に、指を差し込んだ。
(……それでも)
(それでも、見捨てたくなかった)
神であるはずの自分が、
今はただの“捕らわれた存在”に過ぎない。
救う側でも、裁く側でもない。
ただ――
何もできない者。
その事実が、
檻よりも強く、彼女を縛っていた。
そのとき――
檻の外側で、微かな振動が走った。
軋む、という表現すら生温い。
それは、世界の縫い目が擦れる音だった。
アステリアは、意識を集中させる。
神力ではない。
祈りでもない。
それは――
乱れた呼吸。
鎧の擦れる音。
重さを持つ足取り。
人の足音だった。
(……来たの?)
疑念が浮かぶ。
期待はしない。
期待することは、
神にとって最大の傲慢だからだ。
それでも――
胸の奥に、かすかな熱が灯る。
(奇跡じゃない……)
(これは、違う)
神を救うために、
神の力を頼らない存在。
その不器用な選択が、
この闇に、ほんの小さな亀裂を入れた。
アステリアは、
初めてこの檻の中で――
目を、開いた。
Looking forward to the next time




