第九章 神狩りは、すでに内側にいた
敵は、外から来るとは限らない。
恐怖と貧しさは、
人の心に「正しい裏切り」を教える。
国を守るため。
家族を生かすため。
未来を買うため。
そうして差し出されるものが、
“神”であったとしても――
人は目を伏せることができてしまう。
この章で描かれるのは、
剣よりも深く傷つく選択と、
守れなかった存在の重さだ。
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第九章 神狩りは、すでに内側にいた
裏切りは、いつも静かに始まる。
それは怒号でも、刃でもない。
ほんの小さな不満と、
「仕方がない」という言い訳から芽吹く。
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夜明け前。
城跡の見張り台で、レオンは地図を見ていた。
周囲の村、街道、商会の拠点。
「……動きが早すぎる」
前日、交渉を断ったばかりだというのに、
すでに複数の村で「妙な噂」が流れ始めていた。
――神は危険だ
――神付き国家は滅びる
――あの女神がいる限り、商いはできない
「情報源は?」
「不明です」
答えたのは、臨時に任命した元書記官。
だが、言葉の端が妙に歯切れが悪い。
レオンは気づいた。
――内側だ。
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その頃、地下の貯蔵庫。
数人の民と、
かつて王城に仕えていた重臣の一人、ギルドゥが集まっていた。
「……本当に、神を渡すだけでいいのか?」
若い民が、不安そうに言う。
「そうだ」
ギルドゥは断言した。
「神がいなければ、
商会は資金を出す。
貴族は保護を約束する」
「でも、王子は……」
「理想論だ」
吐き捨てる。
「奇跡を拒み、
金も拒み、
神まで抱え込む」
「それで国が保つと思うか?」
沈黙。
「我々は、国を救う。
方法が違うだけだ」
その言葉に、
誰も反論できなかった。
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一方。
アステリアは、胸の奥の違和感に耐えていた。
「……近い」
羽根が、軋むように痛む。
「王子」
「分かっている」
レオンは即答した。
「今夜だ」
「捕獲……来ます」
「守る」
「……無理です」
アステリアは、初めて弱音を吐いた。
「神狩りは、
神を“殺さない”」
「?」
「分解して、
利用する」
空気が、冷えた。
「……私は、
生きた資源になります」
レオンは、歯を食いしばった。
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夜。
城跡の鐘が、鳴った。
本来、鳴るはずのない合図。
「……合図だ」
同時に、
内部の灯りが次々と消える。
「内通者……!」
その瞬間。
地下から、黒い鎖が噴き上がった。
「――捕獲開始」
低く、歪んだ声。
神狩り一族の術式。
神格封印用拘束陣。
アステリアの身体が、宙に引き上げられる。
「っ……!」
「アステリア!!」
レオンが走る。
だが、行く手を塞ぐ影。
――民だ。
鍬を持つ者。
弓を構える者。
目を逸らす者。
「……通してくれ」
「王子……」
一人が、震えながら言う。
「国のためなんです」
「神がいなければ、
金が入るんです」
レオンは、立ち止まった。
怒りはなかった。
ただ、重さだけがあった。
「……そうか」
剣を抜かない。
「なら、選べ」
静かな声。
「神を売って、
生き延びる国か」
一歩、前に出る。
「神を守って、
苦しくても立つ国か」
沈黙。
その隙に、
鎖がさらに締まる。
「……王子」
アステリアの声が、細くなる。
「ごめんなさい」
「謝るな!」
その時。
瓦礫の影から、
子どもが飛び出した。
「やめろ!!」
石を投げる。
「神様は……
一緒に働いたんだぞ!!」
続いて、
一人、また一人。
「食料をくれた!」
「怪我を治してくれた!」
「転んだだけで、笑ってた!」
民の中で、
割れた。
裏切りと、抵抗。
混乱。
その瞬間、
鎖が一瞬だけ緩む。
「今だ!」
レオンが叫ぶ。
だが――
「――想定内だ」
瓦礫の上に、
ヴァルディ侯が姿を現した。
「神狩り一族当主、
ここに宣言する」
護符が、空を覆う。
「女神アステリアを、
正式に回収する」
光が、アステリアを包む。
「……王子」
彼女は、微笑った。
「あなたの国、
間違ってなかった」
そして――
光が、消えた。
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朝。
城跡は、静まり返っていた。
瓦礫の中に、
砕けた拘束具。
だが、
女神の姿はない。
「……」
レオンは、立ち尽くしていた。
「王子……」
民が、声をかける。
彼は、ゆっくり振り返った。
「……取り戻す」
静かな声。
「神を、取り戻す」
それは宣言だった。
国家としての。
裏切りは、終わった。
いや――
選別が、終わったのだ。
この国は今、
神を奪われた。
だが同時に、
“守る理由”を手に入れた。
次は――
追う側になる。
神狩りに、
狩られる側の覚悟を教える番だ。
裏切りは、国を壊す。
だが同時に、
国を選別する。
神を売ろうとした者。
神を守ろうとした者。
何も選べなかった者。
そのすべてが露わになり、
この国は一度、
完全に壊れた。
女神は奪われた。
王子は守れなかった。
だが――
逃げなかった。
神を失ったこの国は、
今、初めて“人の国”になった。
次章、
人は神を救えるのか。
それが、この物語の核心となる。




