仮面の綻び1
江間弘海がスケッチブックを通学カバンにしまい込んで、席を立ったとき、ちょうどチャイムが鳴った。
ふと教室前方の時計を見上げれば、四時十分を指し示していた。
部活に所属をしていないのに、あまり長居をしすぎたなと思いつつ、誰も居ない静寂に包まれた教室を後にする。
いつもと同じように、窓の外、校庭側では活気のある声に満ち満ちていた。
いつもならそちらをスケッチしていたのだけれど、弘海の興味はすっかり未可子に向いていた。
弘海には測ることのできない、未可子の心の深度に少し恐怖に似た感情を覚えつつも、それでも弘海は納得の行く未可子を描くまでは立ち止まることはできないのだ。きっと。
カバンを持って昇降口に降りていくと、そこにはとうに帰ったと思っていた未可子の姿があった。
その傍らには、見知らぬ顔がもう一つ。
弘海や未可子よりはかなり歳上だと思える女性。
そのまま素通りしても良かったのだけれど、弘海が立ち尽くしていることに気がつくと、未可子はいつもの笑顔で弘海に向かって手招きをした。
「こっちこっち」
訳もわからないうちに弘海は二人の横に立たされる。そして────
「この子が江間弘海くんです。このまえの事件を解決してくれた」
いったい何の話なのか、弘海には理解ができなかった。
未可子と話していたのは、ぱっと見た感じ、二十歳前後の少し夜の香りのする女性だった。
顔はとても整ってはいると思ったけれど、弘海の気が惹かれることはなかった。
きっと彼女のことは見たまんま書くことができる。そう思ったからだ。良くも悪くも裏も表もない。
ほんの一瞬で弘海はそこまで判断をして、すぐに興味を失った。
「どうも」
「ずいぶんとつれない挨拶をするんだね。私はこう見えてもここの卒業生なんだよ。つまり君たちの先輩だ。もっと敬い給え!」
なんて冗談めかして言ってきたけれど、弘海は軽く会釈するだけに留めた。
すると女性は隠すこともなく、困ったように眉を八の字にした。
「ごめんなさい。弘海くんは興味がないことにはからっきしなんです」
「見ればわかるけどさ、こんなでも私、結構モテるんだよ。それに未可子ちゃんも結構失礼なことを平然と言うね。まあさすが未希の妹って感じだけど」
ほんの一瞬だった。なんでそんな表情をしたのかはわからない。
未可子の仮面に綻びが見えたのだ。
明らかに目元が引きつっていた。
咎められたことに大してなのか────いや、違う。
未可子はそんなことで動じたりはしない。
他にこの女性は何を話した?
……モテたとか、そんなことで劣等感を感じる未可子ではないことを弘海は深く理解している。
つまり未可子が反応した言葉は、『ミキ』と言う名前。
「ミキさんってのはどちら様ですか?」
弘海がその質問をした時、明らかに未可子は嫌な顔をした。いつもは上がっている口角を下げ、いつもとは違う目の細め方をした。
その表情を見た瞬間に、弘海の背筋はゾクゾクとした。全身の鳥肌が立っている感覚。
間違いなく、未可子は意図しない表情をしてしまっている。
ほんの少しでま未可子の本質を見た気がして弘海は好奇心を抑えることができなかった。
「未希?矢野未希未可子ちゃんのお姉さんで。私の同級生だよ」




