沈黙の理由6
目を細めた未可子が、カップをソーサーに置いた。
音は立てないように、洗礼された所作だと弘海は思った。
それに習って弘海も静かにカップをソーサーに置く。
「けっきょく、財布が投げ込まれた理由は弘海くんは解けなかった訳だけど、あれから一週間たって、わかったことはあったかしら?」
未可子は目を細めたまま、挑発するように弘海にそう聞いた。
弘海は少し考える。そして、言葉を選びつつ口を開いた。
「……どこからどこまでが矢野さんの仕込み?」
「仕込みだなんて、人聞きが悪いことは言わないでほしいな」
未可子は満足そうに口角をあげる。
その表情を見て、弘海は未可子のセリフを思い出す。
『仮面を被り続けるのも大変なのよ』
思わず背筋がゾワゾワした。
それは未可子に対しての興味が由来するものなのは間違いない。
だけど、恐怖からなのか、喜びからなのか、そのどちらでもない感情からくるものなのかまでを断定することはできない。
「じっさいさ、大野の件は矢野さんがほぼ仕組んだようなものだっただろ?
……もしかしたら、あの財布もそうなんじゃないかって邪推してしまうよ」
大野事件の当日、昇降口で弘海は未可子にカフェに誘われた。
それを弘海は金欠を理由に断った。
でも、弘海は今カフェにいる。
財布の落とし主からの謝礼を使う形で。
《《それ》》すらもすべて繋がっているように、未可子の思惑の上で動いているのではないかと疑ってしまう。
「さあ、どうだろうね」
未可子は満足そうに仮面の頬を綻ばせ、続ける。
「警察の調べでは、落とし主さんは電車内で財布をすられたみたいね。
その盗んだ財布を処理するために犯人は私たちの通う、東松島第二中学校に投げ入れた。
たまたま隠れてタバコを吸っていた大野くんに直撃。それだけのこと」
『でも』と前置きをして未可子は続ける。
「学校としてはタバコを吸っていたことを公表するわけにはいかないから、警察からもある程度信用してもらえる私が替え玉になったってわけ。
『校舎裏に落ちていた財布を拾いました』ってね」
未可子は周囲からどう見られているのかを正しく理解している。
しかし、警察までもが未可子を信用するという言葉には弘海も少し違和感を感じた。
「それは────」
未可子は弘海のセリフを遮った。
右手の人差し指を弘海の唇の前に突き出してきたのだ。
それは、それ以上言うなの合図に他ならなかった。
当然、弘海は口をつぐむしかない。
未可子はそんな弘海を少し残念そうな目つきで見ると、ソーサーに置かれていたカップをつかみ取った。
そして、それを一気に煽ったかと思ったら、こんなことを言った。
「そんなこと、どうだっていいじゃない。こうして二人でカフェにくることができたんだから」
そう言い終えると、未可子はソーサーにカップを置いた。
今度はカチャリと言う音が見晴らしの良いカウンター席に鳴り響いた。




