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矢野未可子の顔は黒く塗りつぶすしかない  作者: さいだー
沈黙の理由

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沈黙の理由4

 弘海は大野が通って行った道を避けて講堂を目指した。


 正確には《《講堂の裏》》を目指した。


 大野は多少遠回りになる正面から向かっていったから、到着するのは弘海のほうが先になるはずだ。


 大野が隠そうとしていた《《何か》》を先に見つけ出すのはそう難しいことではないと弘海は確信していた。


 未可子が執着を見せていたことからも、良くないことなんだと弘海は理解していた。



 講堂裏、それも人から隠れられる場所。


 「やっぱりな」


 おそらく、大野が回収しようとしていたと思われるものを見つけるのは容易だった。


 この場所にはふさわしくないそれを拾い上げて、弘海はポケットに閉まった。


 それに触れた右手の臭いを嗅いでみると、少し焦げ臭かった。


 どうも好きになれない臭いだ。


 弘海がその場に立ち尽くしていると、背後から肩を掴まれた。


 「江間。お前、ここで何してんだよ。三手に分かれるって話だっただろう?」



 大野の声には怒気が籠もっていた。回収しなければならないものを先に見つけられてしまったのではないかと焦っているのだろう。


 弘海は時間を稼ぐためにあえてとぼけてみることにした。まだ未可子すらわかっていない情報が聞き出せるかもしれないと思ったから。


「たまたまここに来ただけさ。何かヒントがあるんじゃないかと思ってね」



「ここはいい。他を探せ」


 そう言うと、大野は弘海の背中を押した。

 ここに弘海がいることで都合が悪いことを隠そうともしていない。いや、焦っているからこそそのことに気がつけていないのだろう。


「大野はなんでここにこだわるんだ?」



「……別に。なんとなくだよ」



「ここなんじゃないのか?財布を拾ったのは」



 弘海の質問を受けて、大野の動きがほんの一瞬止まった。

 まるで、図星を突かれて何も言い返せなくなったように。


「なんで答えないんだよ?違うなら違うって言えばいいだろ?」


「……」


 大野は何も答えなかった。

 どうやら大野は嘘はつけない性分らしい。


 ギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえてきた来るようだった。

 これも後でいいスケッチのネタになる。そう思うだけで弘海の心は躍った。


 もう少し、揺さぶって大野の感情の揺れを観察したいと思ったけれど、それは大野が許さなかった。


 大野は右の拳を握り込むと、弘海に向かって振り下ろした。


 当たる寸前のところでかわしたつもりの弘海だったけれど、頬を少し掠めた。

 掠めただけで少し痛みを感じた。


 弘海は敵意をむき出しにする、大野の顔色を見て、ワクワクを止められなかった。


 未可子の内面を見抜けなくても、しばらくはスケッチのネタに困ることはなさそうだと思ったから。


「お前、わかってやってんだろ!」


「なんのことかな?さっぱりわからないね」


「この野郎!」



 大野がもう一度拳を振り上げようとした時、背後から女の子の声がした。


「ストップストップ!」


 走ってきた勢いのままに弘海と大野の間に未可子は体を割っていれる。

 それを見た大野は、バツが悪そうに右手をゆっくりと降ろした。


「矢野ちゃん……」


「先生!こっちです」


「はあはあ。廊下も校内も走るなっていつも言ってるだろ」


 未可子が連れてきたのは、学年主任の松川先生だった。ネタバラシをしてしまえば、ここに松川先生を連れてくるように仕向けたのは弘海なのだが。


「……こんなところで、大野も江間も何をしてるんだ?」


「ちょっと先生に見てもらいたいものがありまして」


 弘海がそう切り出すと、大野の顔色が青く染まっていく。

 夕日が差し込む朱に染まる校舎とは対照的だった。


「なんだ?」


「これなんですけど」


 弘海はポケットに隠していた、大野が探していたもの『携帯灰皿』を松川先生に差し出す。


「……江間。お前こんなもの、どうして持っている?」



「どうしてかわからないんですけど、ここで拾ったんです。もしかしたら大野くんなら詳しく答えられるかもしれません」


 弘海はあえてなにもわかっていないように、とぼけて答えてみせた。


「江間!お前ふざけんなよ!どこにそんな証拠があって!」


 大野はわかりやすく激昂した。しかし、それは八つ当たりにすぎない。周囲から見ればそれは一目瞭然。松川先生の疑惑の目も一瞬で大野に向く。


「どういうことだ大野?」


「いえ、これは、江間が俺を陥れようとしているだけなんです!」


「そうなのか?」


「いえ、そんなつもりは一切ありません。この携帯灰皿の中の吸い殻についた唾液をDNA鑑定すればどちらが正しいのかはすぐに明らかになると思います。財布の紛失事件も重なってますし、警察の協力も得られると思います」


 それは半分はハッタリだった。

 でも、弘海がそう発言したとき、大野は膝からガクリと崩れ落ちた。対象的に未可子は笑いを堪えるように唇を噛み締めているのを弘海は見逃さなかった。


「よくわからんが、大野。職員室に来てもらうぞ。江間と矢野はあとで話を聞かせてくれ」


 松川先生は足に力が入らなくなっている大野を無理やり立たせると、首根っこを掴んで連行していく。


「え、江間。俺は財布を拾った訳じゃない。投げつけられたんだ。植栽の向こう側、駅から。すぐに向こう側を覗き込んでみたら、俺に財布を投げつけてきたのは間違いなく男だった」



「黙れ。喋るな」



 大野は強面の松川先生に凄まれると、それ以上話すことはなく大人しく連行されていった。



「ふふふふ。これで、私の学校生活がまた快適になった。ありがとう。弘海くん」



 未可子は笑っていた。

 でも、その笑顔は弘海の期待していたものとは懸け離れていた。

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