沈黙の理由3
斜陽が落ちた校庭では、一日の終わりを告げようとしている太陽に逆らうかのように、喧騒で溢れていた。
公園からも聞こえていた、テニス部や野球部の声出し、さらに校庭の奥の方でほそぼそと連携プレイの練習をするサッカー部。
ずっと向こう側にはソフトボールのウインドミル投法で投球練習をする生徒の姿も見える。
「さて、誰から声をかけて手がかりを探しましょうか?」
そう言いながら、未可子がスマホの画面を覗き込む。
「一応言っておくけど、学校内ではスマホの使用は禁止されているんだからな。見つかったら没収されるぞ」
「大丈夫。そんなへまはしないから」
未可子は弘海に向けてウインクを飛ばす。すると、なぜか大野が気恥ずかしそうに目を逸らした。
「だといいんだけどな。まえ、それで没収されて恨み言言ってたのは誰だったかな?」
「……私かなあ?」
舌を出してそう答える未可子に弘海は思わず何も言い返すことができなかった。
「あのさ……その財布って、男もんなんじゃねえかな?」
未可子から視線を外したまま大野が言った。
「どうしてそう思った?」
「え……なんとなくだよ」
そう答えた大野の声は上ずっているように思えた。クラスでウケ狙いで大声ではしゃいでいる時なんかよりずっと。────まるで何かを誤魔化そうとしているように。
「えー?そうかなー。この財布可愛いと思うけど、とくにこのリボンとか」
即座に大野の意見を否定したのは未可子だった。
黒い皮の長財布。弘海も実物を用務員室で見ている。
一見、男物にもみえなくもない。
けれど、少し観察をして、控えめながらリボンがついていることに気が付き女物であると弘海もそう考えていた。
「あっ、ちょっといいかな?」
なぜ、大野がそのような結論に至ったのかと弘海が考え込んでいると、ポツリと大野が独り言のように呟く。
「たしかに男だったんだけどな……」
弘海が大野に疑念の目を向けた時、未可子が近くを通りかかった女子生徒に声をかけ呼び止めた。
「はい。なんですか?」
弘海たち三人の様子を見て、少し身を引いて一歩後退した。どうやら警戒させてしまっているらしい。
ジャージの色は緑、つまり一年生ってことになる。
見ず知らずの上級生三人組に、突然声をかけられたらそんな反応になるのは無理もない。
「ちょっとこの写真を見て貰ってもいい?」
「……はい」
何がなにやらわからないといった様子で、女子生徒は未可子の持つスマホを言われるがままに覗き込む。
「この財布の持ち主に覚えがあったりしない?」
「んー……。どこかで見たことがあるような気がします」
「本当?なんとか頑張って思い出して」
「は、はい!」
未可子の期待を背負い、頑張る名も知らない後輩。
先輩三人の注目を集めているのはさぞ気分が悪かろう。
「んー……あーっ!」
しばらくたって、女子生徒は唐突に大きな声をあげた。まるで何かを思い出したかのように。
「なになに?少しでも情報をもらえるとありがたいんだけど」
「これ、私の叔母が使っている物と同じです」
「本当に!?叔母さんが財布を失くしていたりしない?」
「失くしたりですか?……すいません。ちょっとそこまではわかりません。最近会ってないので」
「確認してもらうことってできるかしら?」
「……今ですか?」
女子生徒は、キョロキョロと周囲を見回しながらそう答えた。
スマホを使うことで没収されることを恐れているのだろう。
未可子に押し切られて訳もわからないうちにスマホを没収なんてことになったらかわいそうだ、と思った弘海は、二人の間に割って入った。
「今日、この財布を校内で失くした人がいるはずなんだ。今、俺たちはその持ち主を探している最中なんだ」
「そうなんですか。でも、それなら違うと思います」
「それはどうして?」
「叔母は県外に住んでいるんです。だから、叔母のものではないと思います」
「今日、学校にたまたま来ている、なんてことはない?」
「それはないと思います。イベントでもないですし」
「そうだよね。ありがとう。時間取らせちゃって悪かったね。もう行っていいよ」
「はい。失礼します」
後輩の女子生徒は、礼儀正しく一つ礼をすると三人の前から立ち去って行った。
「これでまた振り出しね……」
未可子は言葉ではそう言っているものの、弘海の目には大して落ち込んでいないように見えた。
「……提案なんだけど、三手にわかれないか?そのほうが効率三倍じゃん?」
「そうか?俺はそうは思わないけどな」
「いや、この場合は、バラバラのほうが絶対効率いいって!時間もないし」
大野のセリフからは、焦りのようなものを感じた。
まるで、何かを隠すために、今すぐにこの場を立ち去ろうとしている犯人のように。
この提案を弘海はチャンスだと思った。だから、その提案に乗ることにした。
「……そこまで言うなら、そうするか。落とし主が見つからなくても俺たちは別に困らないからな」
弘海は挑発するようにあえてそう言った。
普段の大野なら、そんな態度をされたら突っかかってきそうなものだが。
「おう。そうしよう。だったら俺は、さっそく講堂のほうに行ってみる。二人は《《講堂》》以外の場所を頼む」
「……了解」
弘海がそう返事をするのを聞くと、気持ち早歩きで大野は講堂の方へ向かって行った。
「ねえ、弘海くん。いいの?一人で行かせちゃって」
弘海のことを試すように、目を細めて未可子は聞く。
「まさか────すぐに追いかけるよ。矢野さんには一つお願いがあるんだけど、頼まれてくれるかな?」
きっとこの事件が解決した時、とてもいい作品が描ける。そう思った。
きっと、今まで見たことのない未可子の表情が見られると思った。
弘海は無意識に笑っていた。
「え、う、うん」
弘海の心境の変化を知ってか知らずか、少し戸惑ったように眉尻を下げて未可子は答えた。
でも、未可子も笑っていた。




