沈黙の理由2
弘海、未可子、大野の三人は、用務員室を出たあと、学校横にある小さな公園を訪れていた。
ここからは学校の敷地内の様子がよく見える。弘海がそちらに目を向けてみると、テニス部がラリーを繰り広げているところだった。
もっと遠くでは野球部が声をあげてノックを受けているようだ。
「ちょっと弘海くん。私たち大事な話をしにきてるんだから、よそ見はしないで貰える?」
そんな弘海の散漫な態度に未可子が釘をさす。
「私たち、明日までに大野くんの潔白を証明してあげなきゃいけないんだよ?わかってる?責任じゅーだいなんだからね?」
弘海は笑ってしまうのをなんとか堪えてから、集中モードに切り替える。
いつも未可子をスケッチしている時のように。
「……わかってるよ」
そう言いながら弘海は大野の方を見た。すると大野は視線を逸らした。
いつもはおちゃらけているくせに。そんな仕草一つ見せない。
弘海は大野に疑念を持っていた。────用務員の岳本と同じように。
そもそも未可子が大野にたいしてあんな行動をとったことが、さらに弘海の疑念を深めていた。
いい子の未可子しかしらない大野は信じ切っているみたいだけど。
少し本質とはずれるけど『これも惚れたものの弱みなんだな』と心の中で呟く。
普段父さんが母さんの言いなりになっている姿を思い出して思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「どうしたの。苦虫を噛み潰したような顔をして?」
弘海の内心をわかっているのか、わかっていないのか未可子は少し目を細めて聞いた。
「いや、なんでもない」
弘海はそう答えたあと、決して目を合わせようとしない大野に照準を合わせた。
「大野くん。あの財布から何も抜いたりしていないってのはたしかなんだよね?」
大野はバツが悪そうに、刈り上げられた後頭部を左手でかきながら答える。
「大野でいいよ。同級生なんだから。……さっきも散々言ってた通り、俺はマジで何も抜いてねえよ。拾った時にはもうあんな感じだった」
「……なるほど。拾った時に中は確認したっていうことだね」
「ああ。確認したよ。もしかしたら落とし主のヒントになるものが出てくるかもしれないじゃん?。そしたらそのまま返せるじゃんか」
大野の言っていることには一見、筋が通っているようにも感じる。
しかし、それはどうだろう?
「それはそうかもしれないね。だったらそれをどこで拾ったのかをなんで答えられないの?どこに落ちていたかが重要なヒントになるかもしれないじゃないか?────例えば、旧校舎に向かう渡り廊下に落ちていたとしたら、それだけで落とし主の候補はかなり絞られることになるよ」
旧校舎には、移動教室しか存在していない。
そうなれば今日、移動教室を利用した者か、部活動で利用した者が落とし主として浮上することになる。
誰かが悪意を持ってそこに放置したのならばその前提も変わってくるが……それでもかなり絞り込みやすくはなるはずだ。
「……今は言えねえ」
「どうしてさ?俺や未可子は大野くん、いや大野の味方だよ。あの用務員さんとは違うんだ」
「……それでもだ」
大野は一瞬だけ、弘海と目を合わせたけれど、すぐにまた目を逸らし、視線を落とした。
その視線の先にあるのは大野の制服のポケット。そのように弘海には見えた。
「そっか。じゃあ、なんで届けようと思ったの?」
「なくした人が困ってるかもしれねえだろ」
「中身が空っぽなのに?」
挑発するように弘海がそう言うと、大野の顔色が変わる。
それを察したのか、間に割って入るように未可子が口を開いた。
「それはちょっと、弘海くんにデリカシーがないと思う。だってさ、誰か大切な人から貰ったプレゼンだったらって考えたら、大野くんの言いたいこともわかると思うんだけどな」
「……なるほど。そりゃあたしかに」
弘海の思考から完全に抜けてしまっていた部分だった。物事を最短の一直線で考えようとする弘海の悪い癖だ。
「だよな。矢野ちゃん」
大野は笑顔で未可子にそう答えた。
これじゃあ俺が悪いみたいじゃないか、と弘海は心の中で思ったが口に出すことはしなかった。
「この財布の持ち主を探し出せればいいわけだろ?だからさ、どこで拾ったのかなんて気にする必要すらないのよ。財布の特徴とかそういうので探していけばいいわけじゃん」
大野は話の本質を理解していないようだった。
自分は財布の中身を抜いたんじゃないかと疑われていて、やっていないことを証明しなければならない。
逆を言ってしまえば持ち主を探し出して、『中に何も入っていませんでした』と証言させればいいだけにも思えるが、物事はそう簡単にはいかない。
もし、誰かが中身を盗んだあとに大野が財布を拾ったのだとしたのならば、その前提は全て崩れる。
大野が抜いていようが抜いていまいが、疑惑は大野自身に向くことになる。
「たしかに。大野くんの言う通りだ。さっき写真撮らせて貰ったし、これ見せて、見覚えないか聞けばいいね」
「ああ。矢野ちゃんもそう思うだろ?どこで拾ったかなんて、どうでもいいんだよ」
未可子が少しだけ悪意のある笑みを浮かべたことを弘海は見逃さなかった。
「まだ下校時刻まで一時間はあるから。すぐに学校に戻ろう!」
そう言って真っ先に未可子が立ち上がり、それに大野が続く。
立ち上がる時に大野がやたらポケットを気にしているように見えた。
ポケットの中の何かを決して落とすことがないように……弘海にはそう見えた。
きっと、あのポケットの中に大野がどこで拾ったのかを話せない理由があると弘海は思った。
未可子が食いつくような何かが。
「ほら、何してるの?弘海くん行くよ!」
未可子に急かされて、弘海は重い腰をあげ、二人のあとに続いた。
その時、大野のポケットから堅いものがぶつかり合った音がしたことを弘海は聞き逃さなかった。




