仮面の綻び11
人もまばらな週末の昼下がりのカフェ。
カウンター席に弘海と未可子は並んで座っていた。
他の客の談笑している声をBGM代わりに、弘海はコーヒーをすする。
淹れたてのコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
ふと未可子の方に目を向けると、少しぎこちない仕草でカップを口元に運んでいるところだった。
弘海はそんか未可子の態度を見て、少し嬉しくなった。
なにせ、未可子は事件の真相を知っているはずだ。
今でさえ動揺の色を隠せないのに事実を突きつけたらどうなってしまうのだろうか?
副産物として、高橋の動揺を見るのも悪くないと思った弘海がカフェを待合せ場所に指名した。
「ねえ、矢野さん。
ミキさんが起こした、国会議事堂での事件の真相について推理をしてみたんだけど、答え合わせをしてみない?」
未可子は少し動揺したように音を立ててカップを置く。
よく教育をされている未可子にしてみれば珍しい所作だ。
心なしかカウンターの反対側にいる高橋もこちらの会話に耳を傾けているような気がした。
「……弘海くんには人並み外れた観察眼があることは認める。
今、目の前で起こっている事に関しては普通じゃ考えられない洞察力を見せるよね。
でも、弘海くんが推理ね……」
未可子は、いつものように柔らかい笑顔を浮かべたまま弘海をからかうような視線を向けた。
「それにね。答え合わせはできないよ」
あの事件に関しては振り返りたくない。未可子からの拒否反応のように思えたけれど、弘海は気にせずに続ける。
それが真実であろうとなかろうとそれは弘海にとってはどうでも良いのだ。
未可子の仮面が崩壊するその瞬間が見たいだけなのだから。
「それなら、それでも構わないよ。ただ黙って聞いてくれるだけで構わない」
「……黙って聞いたとしても、弘海くんが得られるものはなにもないと思う」
未可子は猫のように目を細めてそう答えた。
未可子の態度は、挑発しているように弘海には感じられたけれど、これから起こることを考えるとニヤケを我慢するのが精一杯だった。
「それでもいいさ。聞いてくれるかな?」
「……まあ、聞くだけなら」
「嬉しいよ」
弘海は未可子の真似をして目を細めてみせた。
「…じゃあ、さっそくだけど、状況整理からしてみよう」
「うん」
「矢野さんのお姉さん。ミキさんは国会議事堂で非常ボタンを押した後、消化器を噴出した。その結果ミキさんは処分をされてしまい、生徒会長の職を失職した。
これは表向きに言われていることだ」
「……えっ、ちょっと待って?消化器ってなんの話?」
未可子の表情には間違いなく戸惑いの色が見えた。
「矢野さんは知ってるんでしょ?」
あえて挑発をするように弘海は声のトーンをあげて話したが、未可子は首を横に振る。
眉尻は下がっていて、握り込んだ右手は自らの胸元をキュッと握りしめている。
とても嘘をついているようには弘海には見えなかった。
「知らないの?本当に?」
「……弘海くんならわかるよね?」
未可子は弘海の観察眼を信用していたし、弘海本人もそれを自覚していた。
仮面を被った未可子てあっても嘘をついているなら見破れる自信もあった。
それなのに未可子からは嘘の気配は一切感じられない。
「そっか……」
弘海の計画が破綻してしまった瞬間だった。
これだと未可子を揺さぶりことはできない。
高橋を動揺させることくらいはできるだろうけど、そこまで弘海の興味を強く引くことはできない。
「聞かせてくれない?お姉ちゃんの話」
「えっ?」
「……私ね、お姉ちゃんのことあまり知らないの。
一緒に暮らしていたのにね」
そこまで言って、未可子は力なく微笑む。
そして、続けて──
「正直に話すと、お姉ちゃんのことが少し怖かったんだ。
完璧で、誰にも好かれて。それなのに時々、わけわからない行動をしたり、その説明をしてくれなかったり……」
胸の辺りを掴んでいた右手をテーブルの上に置き直し、未可子は天井を見上げた。
「高校を卒業していなくなった時、良かったって思ったんだ」
「……そうだったんだ」
「うん。
でもね、お姉ちゃんの影がずっと私の前を歩いているの。
決して追いつくこともできない。
振り払うこともできない。
それだけ私とお姉ちゃんには差があった。
でも、お父さんはお姉ちゃんの変わりを私に求めた」
弘海はなにも言えなかった。
決してどう答えたら良いのかわからないとか、そんな単純なものではない。
「一生懸命演じてはいるけど、私にはお姉ちゃんの行動の意味一つわからない。
矢野未希を演じるために、お姉ちゃんが何を思っていたのかなんでそうしたのかを私は知りたい」
そこまで聞いて理解した。
弘海は驚いていた。
今まで話してくれなかった心の内側をさらけ出した未可子の表情に。
とても苦しそうなのに、それを知りたいという矛盾した感情を持っていることに。
途端に未可子という存在そのものに、興味が湧いた。
仮面の裏側を見ようだなんて、そんなことはすでにどうでも良くなってしまっていた。
「わかった……俺の推理が全て合っているかどうかはわからない。でも、俺のたどり着いた結論を君にも共有するよ」
そう言ったあと、弘海は高橋の方に視線を向ける。
高橋も弘海のことを見ていたが、目が合った瞬間に背中を向けられてしまった。




