仮面の綻び9
「他になにか気になることはなかったんですか?
そうですね……例えば、非常ボタンを押した直後の話とか」
弘海がそう質問をすると、古賀はどうだったかなーと腕組みをして頭を左右に振っているが、高橋と山川は二人揃って目を細めている。
「些細なことでも構いませんよ」
「んー、それならもう一つだけあるかな」
「どんなことです?」
高橋と山川が息を呑む音が聞こえてきそうなほど、店内は静寂に包まれていた。
「非常ボタン押した直後にさ、誰かわからないけど、女の子が悲鳴をあげたんだよね。
その次の瞬間には大パニック!
警備員さんや引率の先生もなだめようとしたんだけど、みんな目の前の出口じゃなくて、入り口に向かって走り出したんだよ。
多分、それは未希が消化器を撒いたせいだったんだね。
ウチは後ろの方にいたからそこまで知らなかったんだけどさ」
高橋の喉仏が動いたことを弘海は見逃さない。
おそらく唾を飲み込んだのだ。
高橋の緊張が、高まっていることが手に取るようにわかった。
「へー。そうだったんですね。その映像見てみたいな。誰か、動画とか撮影しなかったんですかね?」
弘海がそう質問をした瞬間、山川が手に取ろうとしていたカップを手から滑らせて落とした。
がちゃんと音を立ててテーブルの上に黒い汚れが広がっていく。
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫。気にしなくていい。佳乃にはかかったりしてないか?」
「うん。それは大丈夫」
「私も拭くよ!キミちゃん私にも布巾ちょうだい!」
高橋と古賀が慌てて布巾を使ってテーブルの清掃を進めていく。
その工程を眺めている山川の手は小刻みに震えていた。
弘海が発した言葉で動揺をしたんだ。
直前に聞いたのは動画についてだった。
なんでそんなことで動揺をするんだろうか……
清掃が終わり、新たなコーヒーが山川の前に置かれ、先ほどまでの話の流れはなかったことにされそうになった時、満を持して弘海は口を開く。
「さっきの続きなんですけど、映像なんかは残っていないんですか?」
「……江間くん、もういいだろう?」
即座に高橋が話を終わらせようとしてくるが、弘海は引くつもりはない。
「あーいえ、これは未可子のためなんです。
行方不明になったお姉さんについて、知る権利はあるんじゃないでしょうか?」
完全にハッタリだった。
普段弘海は、未可子を名前呼びをしない。
それなのに親密さを装うためにそうした。
きっと、未可子だってミキのことを知ることを望んでいないことは態度からして明らかだった。
それでも未可子の仮面の下を見るため、描くために弘海は足踏みを止めない。
妹を持ち出され、高橋も何も言えなくなったようで、口をつぐんだ。
山川はそもそも会話に参加しようとすらしていない。
「……動画は残ってないと思うよ。だって、修学旅行にスマホを持っていくことは禁止されていたからね」
普段さも当たり前のように、未可子がスマホをイジっていたから弘海は失念していた。
よくよく考えれば、学校内でもスマホの使用はおろか持ち込みすらも禁止されていたのだ。
「なるほどです」
しばし、店内に沈黙が訪れる。
弘海も何を聞けばよいのか分からなくなっていたとき、唐突に古賀が口を開いた。
「なんか空気悪くなっちゃったし、私、そろそろ帰ろっかなー。江間くんはどうする?」
古賀が居なくなってしまうなら、ここにいてもきっとこれ以上は何も得られるものはない。
「じゃあ俺も帰ります」
弘海の言葉を聞いて、高橋も山川も安堵したように肩を落とした、よほど緊張していたのだろう。
「家まで送るよ。乗ってきな!」
古賀は親指を立ててそう言ってきたけれど、弘海は首を横に振った。
「いえ、ここからだと家も近いので、歩いて帰れるので大丈夫です」
実際、歩けば三十分以上かかる道のりだけれど、古賀に興味がないこともあったし、一緒に居ると疲れそうだと思ったからだ。
「そう。じゃあ私は帰るわね」
古賀が先に席を立って、それに弘海も続く。
弘海がカフェから出る寸前に、山川が一言だけ声を発した。
「未希には、悪いことをしちゃったよね」
それを聞いた高橋は、何も答えずに、下唇を噛み締めるだけだった。
背中越しに見ているせいで山川の表情が見えないことだけが残念だった。
「あーっ!忘れてた!」
前を歩く古賀が急に立ち止った。弘海はよそ見をしていたもんだから、古賀の頭に顔をぶつけた。
瞬間的にチカチカと視界が白む。
「いてて」
「ごめんねー。私石頭だから痛かったでしょう?」
「いえ、大丈夫です」
「ヨッシーにキミちゃん。昔埋めたタイムカプセル覚えてる?」
「あ、ああ」
「あれ、次の土曜日の八時に掘り返すことになったから、みんなに伝えておいて!ウチの知ってる子にはウチから連絡するからよろしくね!」
「お、おう」
「うん。わかった」
それだけ最後に伝えると、古賀は軽自動車に乗り込み、颯爽と去っていった。
それを見送ったあと、弘海も家に向かって歩き出した。




