仮面の綻び8
「とりあえずヨッシー、こっちに座りなよ!」
古賀は大人しそうな女性を自らの隣の席、弘海とは反対側に誘導する。
「うん。ありがとう。高橋くんと古賀さんと……どちら様?」
大人しそうな弘海のことを見て、首を傾げる。
それはそうだろう。見ず知らずの人間がいる席に案内されたら誰だって面食らう。
それにしても、ゆっくりとした口調だなと弘海は思った。おそらくおっとりした性格なのだろうと弘海は推測する。
「ああ、このコは私たちの後輩だよ。
江間弘海くん。未希のことを聞きたいって言うから連れてきたんだ。
高橋くんのほうが私より詳しいと思ったから!」
「へー。そうなんだー。宜しくね江間弘海くん」
そう言って女性はお辞儀をした。それに合わせて弘海も頭を下げる。
弘海はチラリと高橋の表情を盗み見る。
高橋は女性のことをあまり良く思っていないのか、視線を逸らしていた。
「ヨッシーは相変わらずだねー。
マイペースっていうか。ある意味、未希とは似た者同士なんだよねー。
初対面なんだから自己紹介しなきゃだよ!?」
「あー、そうだったねー。
私は山川佳乃。ヨッシーって呼んでいいよ」
そう言うと山川は微笑んだ。
弘海はその微笑みを見た瞬間、背筋がゾクリとした。未可子とはまた違う、心の中を読めないタイプだと思ったからだ。
古賀は、未希と山川が似ていると評したが、未可子を見ているとそれもわかるような気がした。
なにせ姉妹なのだから。
「未希ちゃんの話って何を話していたのー?江間くん」
山川がそう質問をした瞬間、高橋がこちらに背を向けたことを見逃さなかった。
おそらく山川のコーヒーを淹れに行ったのだろうけど、それだけではないように弘海の目には映った。
なにせ、山川がやって来てから高橋は一言も発していない。
「国会議事堂で、非常ボタンを押して消化器を噴出した話と、退任の挨拶で一言も話さなかった話ですね」
「ふーん。そうなんだー」
おっとりとした口調なのに、どこか棘のある口調に思えた。
カウンター越しに高橋の背中を見ている視線は、かなり鋭いものだった。
「それって本当なんですか?」
弘海は間髪を入れず質問をする。恐らく山川が聞かれたくないことだと判断したからだ。
でも山川は、焦る様子も、おどおどした態度を見せることなく答える。
「えっと。うん。多分、全部本当かな?高橋くんから聞いたんでしょー?」
「未希もやるよねー。なんでそんなことをしたのかヨッシーなら聞いてんじゃないのー?」
「えー?何も聞いてないよー。未希ちゃんはそういうことなにも話してくれなかったし」
「ふーん。親友にすら話さなかったんだ。なんか未希らしい」
「うん。そうなんだよー」
山川は『親友』という部分は否定せずに答えた。
「そう言えばさ、あの時不思議だなと思ったことあったの思い出した!」
「どんなことですか?」
「ほら国会議事堂ってさ見学するとき、入り口と出口が違ったじゃん。最初は正面から入るんだけど、出る時は裏口からみたいな」
古賀がそう言った瞬間に、後ろ姿の高橋の肩がピクリと反応して、山川は鋭い視線を古賀に向けた。
古賀が思いがけず話したその内容は、おそらく二人が隠そうとしている何かを暗示している。
それを暴いたとき、山川の本当の表情を見ることができるような気がした。
そう思った瞬間に、弘海は山川にも高橋にも主導権を渡さないように口を開く。
「その話、詳しく聞かせてもらっていいですか?」
「え?うん。別にいいけど。大した話じゃないと思うよ」
それはない。山川と高橋の緊張感が高まっていることがわかる。
否応なしに追い込まれていることを暗に示していた。
「どうして、不思議だなと思ったんですか?」
「それね!普通は入り口から入って出口から出るじゃない?でもね、私たちは入り口から入って入り口から出たんだよ!」
たしかにそれは不思議な状況だ。
入り口と出口が決められているのなら、入り口から入って出口から出るのは当たり前のこと。
子供の頃に連れて行かれた遊園地のお化け屋敷を弘海は思い出していた。
基本アトラクションであっても入り口に戻ることはできない。一方通行だ。
それが国が運営する施設となった場合、その取り決めはより厳重になるはずだ。
「なんで、そうなったのか、わかりますか?」
「それはさ、今日、気がついたんだ。あの当時は不思議だなあと思うだけだった。
多分だけど、未希が非常ボタンを押したから、来た道を引き返すことになったんじゃないかなと思ったんだよね」
「はい。山川。コーヒーお待ち」
「うん。ありがとう。このお店ってお父さんが初めたお店なんだっけ?」
「そうなんだよ。手伝えって言われちゃってさ、学校がない日は手伝ってるって感じだな」
まるでタイミングを計るように、高橋がコーヒーを運んできた。
この話を無理にでも終わらせようとしているのではないかと弘海は思った。
なにせ高橋の口調には焦りを感じた。さっきまでの落ち着いた口調とは違って、気持ち早口になっている。
何かを隠そうとしているのは火を見るより明らかだった。
「それは、未希さんがそうしようと思ってやったことだと思います?」
「うーん。それはどうだろう?未希は読めない部分があったからね。ただ未希が破天荒な行動をして、その結果そうなっただけなのかもしれないけど」
高橋と山川は二人で会話を続けているのに、こちらの会話を盗み聞きしているのは明らかだった。
弘海と古賀が口を開けば話すのをやめて耳を傾けている。
「まあまあ、その話はそれくらいでいいんじゃないか?」
焦れたように、高橋が弘海と古賀の間に割って入る。
それだけこの会話を続けられると都合の悪いということなのだろう。
イケメンが慌てる姿は、弘海の好奇心に火をつけるには十分すぎた。
「高橋さんは不思議だと思わないんですか?」
「え……?」
「山川さんは?」
「う、うん。不思議だよねー」
二人の曖昧な態度を見て弘海は確信をする。
この二人は、入り口に戻った理由、いや、戻らなくならなければならなくなった理由を知っている。
下手したらミキの行動の理由すらも知っているかもしれない。
山川も高橋も弘海のことを見ていない。
よほど《《そこ》》に都合が悪いことがあるのだと思うと、ワクワクした。
悪感情を引き出すための種が今芽吹こうとしていることを弘海は見逃さない。
「ずいぶんと曖昧な返事ですね。否定はしないんだ……」
揺さぶりをかけて弘海は山川と高橋の表情を探る。
高橋は苦笑いをうかべ、山川は運ばれてきたコーヒーに何も入れずにスプーンでかき混ぜ続ける。
おっとりした山川にはにつかわない、カチャカチャとカップとスプーンが当たる音だけが店内に響いていた。




