仮面の綻び7
「お待たせ」
そう言って男はカウンター越しに、コーヒーを古賀と弘海の前に置いた。
「本当にお待たせだよ。遅い!五分は待ったからね!」
ニヤリとした笑みを浮かべながら、古賀はそう抗議をすると、男は古賀の脳天めがけて軽くチョップをした。
「いっった」
「そんなにすぐにコーヒーをご所望なら、隣のコンビニにでも行ってくれ」
「いや、冗談じゃん」
そんなやりとりを見ていて、古賀とこの男は親密な関係なのだと弘海は理解をした。
そう思った瞬間に、男に興味が失せそうになったけれど、松川の慌てようを思い出して、気を取り直す。
「俺は、江間弘海っていいます。宜しくお願いします」
「古賀。お前より江間くんのほうがずいぶんとしっかりしてんじゃないのか?」
「そうかもしれないけど、口に出して言わなくてもいいと思うけどなー」
そう言って古賀は、頬を膨らませた。一般男子が見れば、それはとても魅力的な仕草なのだろうけれと、弘海はそちらに目もくれない。
「こいつのことは放っといて、俺は高橋公也。宜しく」
高橋は言うと同時に右手を差し出してきた。弘海もそれに応えて握手に応じる。
「江間くんは未希のことを聞きたいんだってな……おおかた、古賀から何か吹き込まれて興味を持ったんだろう?」
高橋の言っていることは半分正解で半分間違っていた。
だが、それを否定して説明をするのもめんどくさいから弘海は『はい』と返事をして頷く。
「ふーん。……何を聞いた?」
高橋のセリフには含みがあった。
一瞬、ほんの少しの間だった。弘海でなければきっと見逃している。
話したであろう張本人には目もくれず、目を細めた高橋は弘海を真っ直ぐな瞳で見つめた。
「国会議事堂で非常ボタンを押したことと、退任の挨拶で一言も話さなかったってことですね」
弘海がそれを伝えると、高橋はほんの一瞬だけ古賀を睨みつけるような視線を向けた。
まるで、なんで話したんだと言わんばかりに。
弘海が話したどちらかのエピソード、または両方を口外してほしくなかったんだと推測する。
見られた古賀はと言えば、その視線に気がつくこともなく、ヘラヘラと言葉を続ける。
「そうそう。未希って破天荒だったから、楽しかったよねー。普通の人じゃ思いつかないようなことをやってのけるって言うか。私よりキミちゃんのほうが詳しいと思うから、よーく聞くといいよ」
そんな古賀の様子を見て、高橋は肩に入っていた力を抜く。まるで何かを諦めたように。
「……別に俺もそんなに詳しいわけじゃないよ」
「国会議事堂ではミキさんはどんな様子だったんですか?」
そんな高橋に弘海は間髪入れず質問をする。
「……古賀から聞いてると思うけど、非常ボタンを押した後に、消化器を持ち出してそれをぶちまけただけだよ」
弘海の知らなかった情報がいきなり出てきた。
きっと古賀のことだから、話すのを忘れていただけなのだろうけど……
そう思って古賀の方を見ると、古賀は口をOの字にして呆気にとられているようだった。
「なにそれ、私も知らないんだけど!未希ってあの時消化器までぶちまけたの!?マジウケる」
古賀の反応を見て、高橋の左頬がピクピクと動いたことを弘海は見逃さない。
きっと、『まずいことを言ってしまった』と思ったに違いない。
古賀の知り得ない情報を高橋はまだ持っている。
弘海はそう確信をする。
「へー。凄いですね。消化器を……なんで、そんなことをしたんでしょうね?」
弘海がそう質問をすると、高橋は弘海から視線を逸らした。
聞かれたくない、それ以上聞くなと高橋の目が訴えかけている。
松川や未可子の反応、そして目の前の高橋。
きっとこの先、ミキという人物を追っていれば、人の悪感情の摂取に困ることはないだろう。
弘海のスケッチブックの消費スピードはきっと格段に上がる。
それでも未可子の本当の横顔に勝るものはないが。
「それ本当なの?私、聞いたことなかったんだけど!っていうか、みんな知ってることなの?」
鈍感なのだろう。高橋の訴えは古賀に届くことはない。弘海が言わなくても、さらに深みへと古賀がいざなってくれる。
「……知っていても誰も話さないさ。お前のことだからきっと、知っているし話してるんだろうと油断してたよ」
「それ、どういう意味?」
「あの当時、未希が非常ボタンを押したことと消化器をぶちまけたことを知っているやつはみんな黙っているように言われたんだ。古賀は違ったのか?」
口封じがあった。その事実を知って、弘海は職員用トイレでの松川の様子に合点がいく。
きっと口封じを命じたのは松川なんだ。弘海はそう推測をした。
「あー、なんか言われたかもね。でも、消化器の件は知らなかったよ!」
古賀は軽い様子でそう答えると、コーヒーを一口含んで『にがっ』と言ったあと続ける。
「でもさ、未希の事件以降、修学旅行での国会議事堂の見学がなくなったみたいでさ、英雄扱いされてるって下の代の子から聞いたよ」
「……古賀以外にも未希が何をしたのか話した奴がいたってことだな」
「やっぱり、未希のお父さんが県議会議員だからかな?」
「おい、古賀!」
また弘海の知らない情報。未希のお父さんは県議会議員。つまり未可子のお父さんでもあるわけだ。
未可子からすら聞いたことがない話しだった。
高橋が声を荒げて古賀のセリフを止めようとしたところから、今回の件に絡んでいるのだと弘海は理解する。
大声を出されて体をビクつかせた古賀が目を丸くして高橋と向き合う。
「そんな言い方しなくてもいいじゃんか」
「ミキさんのお父さんって、エライ人なんですか?」
弘海がそう質問をすると、高橋は右手で頭を掻いたあと、一つ頷いた。
「……まあな」
「国会議事堂の件に、どこまでミキさんのお父さんが関与しているのか知っているんですか?」
弘海は、高橋のさらなる悪感情を引き出すために質問を続ける。
高橋はどう答えるべきか困っているようで、口を開いては閉じてを繰り返す。
そんな大人の情けない姿を見ているだけで、弘海の心は躍った。
カランカラン。
「いらっしゃいませ」
そんな中、来客があったようで扉につけられている鐘がなった。
これはチャンスだと思ったのだろう、高橋はそちらに視線を向ける。
が、そちらを見たのも一瞬のことで目を逸らした。
「……あれ、ヨッシーだよね!久しぶりじゃん!」
それとは対照的に、古賀は来客に声をかけると同時に両手で大きく手を振った。
「あっ、古賀さん。久しぶり」
見た目からして大人しそうな女性だった。
古賀と比べると、一回りも二回りも落ち着いて見える。
「江間くんラッキーだね。未希のことを聞くならヨッシーに聞いたほうがいいよ!なにせ、二人は大親友なんだから!」




