仮面の綻び3
弘海が職員室から廊下に出た時、未可子の背中はかなり遠くなっていた。
《《なにかから》》逃げようとしているのか、未可子の足取りはかなり早い。
弘海は走るのを我慢して、少し早歩きで進んだ。
それでも未可子との距離はどんどんと広がっていく。
おそらく、いつもより大股歩きで歩いているんだ。弘海はそう予想して、心躍った。
今まで一度たりと崩れたことのなかった未可子の内面が露出している。
……見たい。仮面が崩壊した未可子の横顔が。
弘海は強くそう思った。
すれ違う生徒を押しのけて弘海は進んだ。先輩だって気にしない。
『おい!』なんて声もかけられたけれど、それは弘海の思考の外の話。
弘海は無意識に走り出す。
ついに未可子の横に並んだ。
そして、未可子の顔を覗き込む。
弘海は思わず息を呑んだ。
思っていた以上の《《モノ》》を見れて、弘海は目を見開いた。
未可子はいつものように貼り付けられた笑顔で笑っていた。
でも、それが異端だった。
この廊下内でただ一つだけ異様だった。
弘海には目もくれない。どこか向かう当てなんてきっとない。……こうして歩いていることで平常心を保とうとしているんだ。
未可子にとって、ミキというのはそれほどの存在なのだと弘海は理解をする。
きっと、ミキという人物を知れば、未可子の真実が描ける。
弘海は求めていた心理にたどり着いた気持ちになって、思わず身震いした。
弘海が横から見ていても、足を止めようとしない未可子に一言だけ声をかけた。
「君のお姉さんっていったいどんな人物だったんだろうね?とても興味深いよ」
すると未可子は急に足を止める。
咄嗟のことに弘海は止まることができずにつんのめって顔から壁に突っ込んだ。
未可子に夢中になっていて気がついていなかったけれど、そこは廊下の端だった。
鼻から熱いものが垂れてきている感触があった。
鼻先もヒリヒリしてとても痛かった。それでも弘海はそれを隠そうともせずに、質問をやめることをなかった。
「君のお姉さんが何を思ってそんなことをしたのか調べてみるつもりはない?」
未可子は心配そうに弘海を見ていたけれど、何も言わずにポケットからハンカチを取り出しそれを手渡した。
でも弘海はソレすらも受け取らなかった。
その代わりに、最大限に未可子が食いついてきそうな言葉を並べ立てた。
「きっと、矢野さんの予想だにしない裏があるんだよ」
弘海の言葉を聞いた未可子は愚痴をきっと一文字に引き結ぶ。ハンカチも強く握り込んでいる。
そして、弘海の質問には未可子は何も答えずに、ハンカチを投げつけようと振りかぶった。
でも、そうはしなかった。頭上で握られたハンカチは力なく、ヒラヒラと地面に落ちる。
未可子は何も言わずに踵を返すと今度はゆっくりとした足取りで歩いていく。きっと、そこにはいつもの未可子がいる。先ほどまでの激情にかられた未可子はいない。
廊下に居る生徒たちがみなこちらを見ていた。それを見て弘海は未可子を追いかけることらやめた。
しわくちゃになってしまったハンカチを拾い上げて、それをポケットにしまった。
このハンカチを持っている限り、あの未可子の表情を忘れることはない。いつでも描くことができる。
今はそれだけで十分な収穫だった。
それにしても、なんで矢野さんはあんなに怒っていたのだろう?
俺がズケズケと心の内側まで踏み込もうとしたから……?
答えは他にあるような気がしたけれど、今の弘海にはそれ以上はわからなかった。




